後悔と葛藤と

 いつであったかは定かではないが、洞窟の近くに一つの家族が住んでいた。家族は洞窟に取り憑かれた一家であった。祖父、祖母、父親、息子が立て続けに洞窟を求めたが、一人として帰ってくることはなかった。  唯一、母親だけが洞窟を嫌っていた。洞窟は家族を奪った相手であるから。しかし、母親も含めて周辺の人々からは酔狂な一家と思われていた。その思い込みは加速していき、おかしな一家であるから近づかないようにとされてきた。  そんな扱いから母親は精神に異常をきたし、ネグレクトになった。家に引きこもり、時々出てきたかと思えば娘を殴るばかりであった。  家族が取り憑かれていた洞窟には悪魔が住んでいるという。その悪魔は命と引き換えにどんな願いでも叶えてくれるらしい。なぜかこれもまた不明であるが、この一家だけがそのことを知っていた。母親以外の全員は夢を追い求めて命を失った。母親だけが、悪魔の存在を信じていなかった。存在しない悪魔に家族を奪われた母親は怒りをぶつける矛先に娘を選んだ。  そんな娘は悪魔のことを知らされず、ただ虐待されるばかりであった。娘はまだ一桁の歳であった。お腹が減っても食べるものはなかった。母親が部屋から出てきたと思えば殴られるだけであった。それでも暴力と共に最低限の食事が出されていたため、娘は母親を愛していた。  その日、娘に久しぶりのパンを与え、それを食べることなくただ持っている娘を見て母親は怒りながら殴った。 「わざわざくれてやったのによ」  とうとう気が触れた母親は娘を連れて洞窟へ向かった。願いを叶えるためではなく命を捨てるために。  洞窟の中はほんのり湿っていた。入り口は大人が入るには少し窮屈なサイズであった。なんとか体を捩りながら中へ入ると、それに娘も続いた。足元は岩の凹凸が激しく、女子供が歩くことはかなりの困難であった。  また、中はかなり暗く、もはや前後もわからないほどであった。洞窟内では反響が凄まじく、水の落ちる音と自分たちの足音が耳を突く。死を求める母親の足取りは重くも軽くもなかった。
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色々書いています。