崇め讃えよ神竜を
私はこの世界で唯一の神竜という存在だ。私自身そう称したことは無いが、人間は私を神竜と呼ぶ。とはいえ、神竜とは名ばかりで、私は他の竜と比べ何かが特別であった訳では無い。唯一他の竜と違うのは、私がこの世界で最も長寿の竜であるということだ。故に、人は私を神竜と呼び、私は人を見守り続けている。少なくとも、人の間ではそうなっている。
一体、何人の同胞を見送ったのだろうか。私が竜として生まれ落ちたのは、もう今から数百を越えるほど前になる。我々竜は生まれ落ちたその日に自らの足で動き、身体の成長がある程度まで進むまでは、生みの親と生活を共にする。私がこの生で初めに見送った同胞は、生みの親だった。
我々竜は強靭で巨大な肉体を持つ生物で、その威厳ある姿と力の大きさは、竜の象徴とも呼ぶべきものである。そのような竜の生き方は、他の生物を狩ることで成り立っている。故に、その日も私は親と共に狩りをしていた。そんな時だった。物陰に隠れた複数の人間達が一斉に姿を現し、私達を取り囲んだ。人間は脆弱な生物であり、我々竜の敵では無い。だが、その者達は違った。よく見れば、それぞれが武装をし、臨戦態勢へと入っている。私達を目の前にして、腰を抜かす者は一人として居ない。それどころか、鋭く私達を見つめ、剣先を向けている。しかし、そのような些細な問題は、あの時の私達には目にも入らなかった。
巨躯を最大限に生かし前足で人間を凪ぎ払う。その一振を当たり前のように軽やかに躱すと、即座に踏み込み突進してくる。立て直す隙もなく剣を振るうと、その刃は私達の鱗を貫き傷を与えた。そこでようやく気が付いたのだ。何かが違う。我々竜の身体は硬い鱗で覆われ、並大抵の攻撃では傷の一つさえつくことは無い。しかし、奴らの剣はいとも簡単に私達の鱗を貫いて見せた。瞬時に響く咆哮、それは今しがた私の隣で剣を刺され、首を落とされんとする同胞。私の親であった。私は即座にその意味を理解した。そして、翼を広げ飛び去った。私は親の姿をそれ以来見ていない。きっと、もう見ることは叶わないだろう。
それ以来も、私は何度も何度も同胞を見送った。見事に首を一刀両断された同胞。一晩中身体に傷を与えられ、血を失い倒れた同胞。罠にかけられ、子と共に集団で叩きのめされた同胞。弓に目を潰され、何も見えぬまま意識を失った同胞。人の少女を庇い、自ら命を絶った同胞。質屋に竜の身体が切り分けられ、売られている姿や、人間の装備に我々竜の鱗が使われている。そんな同胞達を、私は見送り続け、生き続けた。そうしているうちに、私以外の同胞は殆どが滅び、私は数百という歳月を重ねていた。ただ人は私達を恐れ、憎み、時には快楽の為に、滅ぼし尽くした。私もいずれはそうなるのであろうと、半ば諦めていた。いや、そうなることを、同胞の元へと行けることを心のどこかで望んでいたのかもしれない。だが、数百を生きる私を、人は神竜と呼び、崇め、讃えた。何故だ。何故私は今、人から崇められ、讃えられ、敬われている。お互いの種の存続をかけ争い続けたというのに、何故だ。ただ、私は運が良かった。偶然にも生きながらえて、もうこの世界にも諦めがついたというのに、何を今更崇めると言うのだ。私は神竜などでは無い。ただ偶然にも生きながらえ、終わりを迎えられない憐れな竜だ。
私はこの世界で唯一の神竜という存在だ。私自身そう称したことは無いが、人間は私を神竜と呼ぶ。そんな私の前に、ある女が現れた。話を聞くに、過去に竜に助けられた家系の者らしい。その女曰く、神竜である私に恩を返したいとのことだ。私の望むことは出来る限り叶えると、そう言った。私の視界は酷くぼやけ、乱雑に弾けた光の中、重い口を開いた。
では一つ、頼みたいことがある。私が望むことはただ一つ、私を皆の元へ連れて行って欲しい。どうか、頼む。
それを聞き届けた女は、首を縦には振らなかった。ただ、それから女は私の元へと通い続け、この場所に花を植えた。献身的な世話を経て、見事な花を咲かせた。その間、彼女は一度たり、私を神竜とは呼ばなかった。
彼女はもう居ないが、私の周りには美しいトリカブトが咲いている。
数百を生きた神竜は、そっとそれらを飲み込んで、ゆっくりと目を閉じた。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2025/5/31 13:19
じゃらねっこ
ねこじゃらしが好きなので、じゃらねっこです。