はい、チーズ

「はい、チーズ」  その声に、顔をくしゃっと歪める。  何日も何日も鏡の前で笑顔を練習した。本当に楽しんでいるとわかるように。  私の父は、実際に写真撮影のあと、チーズをくれる。父いわく、「はい、チーズ」というのだから、あげないと気がすまない、だそうだ。  何それ、と思うが口にはしない。だって、本当に嬉しそうな顔で笑うから。  それに写真を撮るたびにチーズをくれるというのは面白い。  父は変わっていると呼ばれる人なのだろう。でも、それはきっと写真とチーズに関するときだけだ。それ以外は、いたって普通。笑うと目尻にしわのできるただの会社員だ。  一度、父に撮っている写真を見せてもらった。父の撮る写真はうまいのかもしれないが、私にはよくわからなかった。  父は、そのとき言ったのだ。チーズを渡すと、相手は笑顔になるから。その写真を撮るのが好きなんだ。 「はい、チーズ」
傘と長靴
傘と長靴
 自分の書いた物語を誰かと共有したいと思い始めました。  拙い文章ですが、目に留めていただけると、幸いです。