管のない猫
AかBかという質問に、なんと答えるか。Aと答えても或いはBと答えても、Cであっても構わない。何を選ぶべきなのかはさほど重要ではない。あなたは心のうちから選択をしたことがありますかい。
動画サイトを放置し、自動再生の果てにたどり着いた動画の中でそんな話が聞こえた。その人は全身にフィットした上品なスーツ姿で、両手を広げ、ステージを右往左往しながら頭を左右に振っていた。決してカメラを見ることはなく、こちらと目が合うことはなかった。
パソコンを閉じて、朝食の支度を始める。既に時間は昼を過ぎていたが、目が覚めてからはさほど時間が経っていない。トースターでパンを焼き、バターを塗り、簡素な朝食の完成である。スープが欲しかったが、それ以上に動くことが面倒だった。
一人で暮らすには少し広いその家は静かで、パンを咀嚼する音ですら空間を支配するには十分だった。食事を終え、皿をシンクに放置して仏壇に向かう。線香は付けず、手を合わせて拝む。写真立ての中の母はやはり変わらない表情で笑っていた。
一人息子を育ててきた母は、切望していた孫の姿を見ることなく亡くなった。こちらの機嫌がどこまで悪くなっても気にせずに問い詰める母の堂々とした姿は、先ほどの動画の人物にどこか似ていた。自分が正しいと信じて疑っていなかった。
「じゃあ、親父に会ってくるよ」
親戚付き合いのほとんどない我が家の仏壇を訪れる人は息子以外一人たりともいなかった。仏壇に母の好きだった煎餅菓子を置き、寝巻きから着替える。
病院までの徒歩二十分間、物静かな路地で煙草に火をつける。煙草の煙を浴び、おぼつかない足取りで道を行く。住宅街を抜け、煙草の火を踏み潰したとき、一匹の猫が目の前に現れた。
狸によく似たその猫は、この地区に引っ越してきた頃からいた。夜道で見かけた時には完全に狸そのものであり、寧ろ狸の姿が正しいのではないかと思えてくる。
越してきた頃から老いているように思えたが、母よりも長く生きることになった。母が時折飯を与えていた記憶が曖昧に思い起こされる。野良猫に飯を与えない方が良いとどれだけ父が言っても母は聞かなかった。猫もそれを分かっているのか、父には全く懐かなかった。ただ見ていただけの息子にも懐くことはなかった。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2026/3/23 2:31
K
色々書いています。