大塚進一
オオツカ、愛称とか仇名は無かった、ただ苗字を惰性で呼んでいた。向こうはヨーイチさん。初めて存在をを意識したのは高校の演劇部公演「ある死神の話」での圧倒的な存在感。この公演と成功から高校演劇部は「普通の演劇部」として再スタートを切ったと言える。オオツカが高校演劇部を新しく作ったのだ。
15才でも20才でも25才でも50才を過ぎても同じ顔しか思い浮かばない。
月並みを嫌ったが根は真面目。
鋭い感性で掴んだ物を他人に知らせる際、語彙がついていかず、もどかしそうに熱意を持って言葉を探していた。
多分一番俺の事を分かってくれていて、此方も気を許し、濃密な数年間を共にした友、若しくは同志!
家庭の事情で卒業と同時に家業を継ぎ、アッサリと憂世に戻って行った。これもスマートな東京っ子の振る舞いだった。
その後の長い「カタギ」人生(逝くのが早すぎたとしても)で芝居の側にいた期間が彼にとってどのような物だったかは遂に聞くことは無かった。
少し考えて、ボソリと気の利いた言葉で括ってくれた事だろう、口元に薄い笑いを浮かべて。
あの頃の演劇部の中では圧倒的に文才はあったし、書くのも好きだったようだ。認めたく無いが早熟で駆け抜け、卒業して行ったって思いがある。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2026/4/29 12:34
ヨーイチ