【第9回N 1】過去時計
教室の時計は、壊れているわけでもないのにどこかぎこちなく時を刻んでいた。
秒針が進むたび、わずかにためらう。その一瞬の引っかかりが、僕はやけに気になっていた。
「逆に回ったらいいのにね」
窓際の席で、彼女は唐突にそう言った。名前は朝比奈。春の終わりに転校してきたばかりでまだ誰とも深く話していないはずなのに、なぜか僕にはよく話しかけてくる。
「時間が?」
「うん。反時計回り。そしたら、ちょっとくらいはやり直せるでしょ」
冗談みたいに笑うけれど、その目は冗談を言う人のものじゃなかった。
僕は曖昧にうなずいた。やり直したいことなんて、誰にでもある。でもそれを口に出すのは思っているよりずっと苦しい。
放課後、校舎裏の自販機の前で、彼女はまた同じ話をした。炭酸の抜けかけたサイダーを飲みながら、ぽつりぽつりと。
「ねえ、もし本当に逆に回せたらさ、どこまで戻る?」
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カテゴリー: 恋愛・青春
投稿日時: 2026/4/6 6:16
叶夢 衣緒。/海月様の猫
綺麗事が救いにならない夜の話。
正しさに置いていかれた感情と、
救われなかった青春の残骸。
優しい言葉ほど、いちばん痛い。
2023年
2月27日start
3月3日初投稿