ヒメジョオン

ヒメジョオン
 九州、熊本、菊池川。  月が大きな夜の水面。  橋を渡る車の影が、蠟燭の火のように揺らめき、消える。  土手一面に咲く白い花は、月明かりと道端の街灯さえあれば、闇の中でも目立った。いくつか摘んで帰ろうとして、岸辺へ下る急な坂の途中で、足を滑らせた。四、五メートル下の河原まで無様に転がり落ちて、止まった。石にぶつけ、痛みの余り振り上げた細腕は、痺れ、袖は、破れ、指を、ほどくと、泥と、手折ったばかりの、夜露に濡れた茎、葉、花びらがみな、涙の上にぱらぱら降りかかった。  ヒメジョオンの散る、幽かな星空。  水の面の鏡の道、その下には何もないようで、魚たちは知っている。冷たい水の流れる速さ。深みに潜むあまたの岩場。向う岸まで歩いていけそうな、凪いだ水面の抱える秘密。  睫毛が捕らえた、一枚の細長い花びらを抜き、しげしげと眺めた。白が、白だけの、白であるか、確かめたかったのだ。街灯とも、町の明かりとも離れた川の畔では、たとえ雲がなかろうと、星が瞬こうと、月が丸かろうと、細微な色までは認めようがなかった。そんなことはわかっていて、死んだように見つめていた。
たけみや もとこ
たけみや もとこ
たけみや もとこです。2000〜5000字くらいの読み切りを中心に載せていきます。ジャンルは何でもありです!