プロローグ

 僕が小説を書きたいと思い筆をとるきっかけになった小説をあげるとするならば、それは間違いなく村上春樹の「風の歌を聴け」だろう。しかしいざ何かを書こうとしてみればそれはもう仰々しいパッチワークみたいなもので、僕は記憶の継ぎ接ぎを、ただ思考の糸で繋ぎ合わせることで精一杯だった。僕の手から語られる事象は既に誰かによって語られており、僕はただ僕自身が見聞きしたものをそれらから拝借(酷く一方的に)してテーブルに並べ、あたかも自分風ですと言わんばかりのテコ入れ作業をしているに過ぎなかった。蛇口をいくら捻っても、僕に語れることは何も出てこない。  そのことに気付いたとき、僕は小説を書くことを諦めた。そして現実に戻ってみると、時間は想像以上に進んでおり、あらゆる季節が死に、そしてあらゆる命と光が人々の心に根を下ろし始める頃、僕は本当に孤独になった。  僕がここに書き記すものは決して小説ではないということを予め告白させていただく。全てが終わった今、僕には物事をひとつひとつ整理する時間が必要だったし、何しろ生きることの困難さに比べれば文章を書き進めていくことのほうがずっと楽なのだ。  十七世紀フランスの啓蒙学者がこのような言葉を残している。    「独創力とは、思慮深き模倣に過ぎない。」
ハートフィールド
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