冬 ー4ー

結局あの日僕は逃げるようにグラウンドを出た。小走りで家に帰った。帰宅してからも、引っ付き虫が付いたみたいに、どこかが引っかかって、あのシーンを思い出してしまう。朝になって、少し湿った枕と僅かに赤みのある目。いつものように支度をして家を出る。家を出た時間はいつもと同じなのに、不思議と……いや、理由は明らかだけど、歩幅が縮まり、電車を一本逃してしまった。駅のホームの雑踏を虚ろに見つめながらまた、あのシーンが再生される。……梓は怒っているだろうか。静まりかけていたホームがまた騒がしくなる。電車が付いたようだ。ホームのベンチに糊付けされたような腰を上げ、電車に乗り込む。座席はもちろん空いていないのでドアの近くの手すりにつかまる。人の顔を避けるように、外の景色を眺めている。と、反射でちらと車内が見えた。?!いや……そんなわけ無い、見間違いだ。……僕の後ろに、枠がいるわけ無い!……と信じたかったのに……。トントン。誰かの手が僕の肩を叩く。一瞬躊躇うが、ここで振り向かなっかたらもう、ここには戻ってこられない気がした。そんな僕の心情を見抜いてか、無理矢理振り向かせられる。 「……あ……の」 微かな声でも、梓の耳には届いたようだ。しかし、目を、合わせてくれない。自分から振り向かせたくせに…。僕の斜め上あたりを見つめる梓の顔が、僕には石の様に無機質なモノに見えてしまう。僕の手を掴んだままの梓の手からは確かな熱が伝わってくる。それを命綱のように感じながら、この沈黙を耐えている。沈黙を破ったのは、梓だった。 「……昨日の……事だけど。」 破られたように感じた沈黙は、すぐに舞い戻って来てしまった。その沈黙は、目的の駅についたその時まで、また破られることはなかった。扉が開いた、その瞬間に、力強く僕の腕を引く梓の手。周りのことなど見えていないかのような勢いで進む梓。引きずられるようにして改札を過ぎ、駅の前でやっと止まる。 「っ梓!」 走って去ろうとする梓に、もはや反射的に声を掛ける。しかし、梓は止まってくれない。走って追いかけようとするが、いろいろな意味で胸が痛くなり、その場にうずくまってしまう。視界に映るのは無情なアスファルトの灰色と、おそらくはほとんど吸われていない煙草の吸殻。それが見えていたのは、最初の数秒だけだった。すぐにぼやけて、灰色の一色で埋め尽くされる。 あぁ……。遅刻……しちゃう。頬を伝う水滴を拭うこともせず、学校に向かう。教室に行く気にはなれなかった。保健室では、冷たいパイプ椅子に座り、俯いている。扉1枚挟んだ廊下では、僕を嘲笑うように、楽しそうな声が溢れている。跳ねるような足音に深い虚脱感を感じる。
あい
色んなジャンルに挑戦したいです!温かい目で見守って下さい…。