千々燦々

 透明なポットが落ちる瞬間、世界がスローモーションに見えました。その刹那、私は現実よりもちょっと早く、ガラスの砕ける音を想像しました。ウインドチャイムが倒れたような音。果たしてポットは想像よりも騒々しい音を立て、あるものは大きい欠片、あるものは微小の欠片、あるものは千々に砕け、フローリングの上にその中身をこぼしました。とろりとした液体が、厚みを保ったまま床に広がってゆき、仕込んでいたレモンの輪切りは、打ち上げられた海藻のように、半を押したかのごとく点在しています。窓から差す朝日に照らされたその惨状は、いっそ美しくすらありました。  手を伸ばすと、 「触らないで」 と鋭い声がしました。  いつの間にか台所にタクミが入ってきていました。タクミはものも言わず、壁に背をもたせかけ、腕を組みながら、床に散らばったガラスとレモンをじっと見据えていました。寝起きだというのに、彼の目は冴え、ガラスの破片なんぞよりももっと鋭利でおそろしく、ひとつの温度も伝わってこないようでした。  タクミは壁にぶら下げてある小さな箒と塵取りを掴むと、床の上をさっと掃き、欠片を一つのゴミ袋にまとめました。そして、レモネードで毛先のべたついた箒と塵取りもゴミ箱に捨てると、雑巾を濡らして床を綺麗に拭きました。  一連の動作はまるで訓練されたように迅速で、一部の狂いもありませんでした。あっという間の出来事に呆けていた私は、やっとのことでお礼を言いました。 「怪我をされるほうが面倒だからです」  タクミは雑巾を無造作にゴミ箱へ放りながら言いました。 「早く仕事を探してきなさい。こんなものを作って遊んでいないで」
絵空こそら
絵空こそら
よろしくお願いします。