千々燦々
透明なポットが落ちる瞬間、世界がスローモーションに見えました。その刹那、私は現実よりもちょっと早く、ガラスの砕ける音を想像しました。ウインドチャイムが倒れたような音。果たしてポットは想像よりも騒々しい音を立て、あるものは大きい欠片、あるものは微小の欠片、あるものは千々に砕け、フローリングの上にその中身をこぼしました。とろりとした液体が、厚みを保ったまま床に広がってゆき、仕込んでいたレモンの輪切りは、打ち上げられた海藻のように、半を押したかのごとく点在しています。窓から差す朝日に照らされたその惨状は、いっそ美しくすらありました。
手を伸ばすと、
「触らないで」
と鋭い声がしました。
いつの間にか台所にタクミが入ってきていました。タクミはものも言わず、壁に背をもたせかけ、腕を組みながら、床に散らばったガラスとレモンをじっと見据えていました。寝起きだというのに、彼の目は冴え、ガラスの破片なんぞよりももっと鋭利でおそろしく、ひとつの温度も伝わってこないようでした。
タクミは壁にぶら下げてある小さな箒と塵取りを掴むと、床の上をさっと掃き、欠片を一つのゴミ袋にまとめました。そして、レモネードで毛先のべたついた箒と塵取りもゴミ箱に捨てると、雑巾を濡らして床を綺麗に拭きました。
一連の動作はまるで訓練されたように迅速で、一部の狂いもありませんでした。あっという間の出来事に呆けていた私は、やっとのことでお礼を言いました。
「怪我をされるほうが面倒だからです」
タクミは雑巾を無造作にゴミ箱へ放りながら言いました。
「早く仕事を探してきなさい。こんなものを作って遊んでいないで」
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カテゴリー: 恋愛・青春
投稿日時: 2022/5/22 14:48
絵空こそら
よろしくお願いします。