じゅしんりょう

じゅしんりょう
 飲みすぎた、と彼女は思っている。はやくベッドに横になりたいが、寝る前にやっておかないと後悔すること、たとえば化粧落としや歯磨き等を済ませてからでないといけないと考えつつ、冬眠から目覚めた直後の熊のように、のそのそと仄暗い部屋を動き回る。部屋は1Kである。節電のため、玄関灯は靴を脱いだ後は消灯し、リモコンで明るさを変えられる部屋の照明は、全灯させた場合の半分程度の明るさに保ってある。彼女は節電魔であると同時にテレビ魔であり、部屋にいる間はテレビをずっと点けている。テレビさえ点いていれば、多少の暗さは彼女は怖くない。  身も歯も手早く清めた。アフターケアもほどほどに済ませた。もうほんとうに寝るだけなのだ、と彼女は何か大仕事を成し遂げた気持ちでいた。飲み会は楽しかった。彼女は今年大学を卒業して社会人になったばかりだ。知り合いも友人もいない、右も左もわからない四月の新入社員。そのうち打ち解けるだろう、仕事も少しずつ任せてもらえるようになるだろうと信じながらも、まだ不安は多い。そうした不安を打ち明け合って慰め合う会を今日、大学時代の友人たちと開いたのだった。もちろん、会は大いに盛り上がった。明日は日曜日なので、二軒、三軒と景気よくハシゴし、うちに帰ってきたのは朝の三時だった。ベッドに寝転ぶことができた時には、時計の針は四時を回っていた。  寂しがり屋の彼女にはテレビを点けたまま寝る習慣があるが、その日はほんの少し、間違えてしまった。テレビを点けたまま寝る時には部屋の灯りも点けっ放しにしておかなくてはならないのに(そうでないと目に悪いと彼女は思っていたのである)、寝ぼけまなこで押した照明のリモコンのスイッチは「▽」ではなく「消灯」だった。「▽」を押して少し灯りを落とそうとしただけのつもりが、押し間違いで部屋を真っ暗にしてしまった。テレビだけが元気に闇の中で輝いていた。民放のCMが流れていた。いつも頭を左に向けて寝る彼女の視線の先、およそ三メートル離れたテレビ台の上に、ギラつく画面はある。暗い中でテレビを見ているので、目が冴えて眠れなくなってしまい彼女は困った。困ったと思いつつも、ベッドの下に置いたリモコンにもう一度手を伸ばすのは億劫だった。そのまましばらくテレビを見ていた。  高齢者向けの生命保険のCMが流れていた。音量を小さくしているので言葉はあまり耳に入ってこないが、日中から何度も放送されて見慣れているCMなので彼女は内容をほとんど暗記してしまっている。やたら明るい病室のベッドに寝る(寝るといっても、ベッドを半分起こしているので事実上座っている状態である)老人、ベッドの脇の小さな椅子には、その妻と思われる老婆。口を金魚のようにパクパクさせて何か楽しげに話している。六十五歳以上の方にお勧めの保険だということだけ、暗闇に包まれた部屋のベッドに寝る彼女には伝わった。彼女はまだ二十二歳だった。  長尺で、しかもつまらないCMが、内容を全く変えずに二本続くとなると、日頃どんなに優しい人でも苛々してくるものだが、彼女は眠気こそ帰宅当初より薄れていても、脳をアルコールで鈍らせた状態だったので、時間を置かずにふたたび始まった生命保険のCMを穏やかな心で受け入れることができた。そしてすぐに違和感を覚えた。
たけみや もとこ
たけみや もとこ
たけみや もとこです。2000〜5000字くらいの読み切りを中心に載せていきます。ジャンルは何でもありです!