不死蝶

不死蝶
 太陽が此の身を焼く感覚。幼少期には毎日のように抱いた感覚。彼の頃の私は、ただの一人の虫捕り小僧であった。  アブラゼミが一層鳴き叫ぶ日だった。私は何時もの如く網と虫籠を持って、近所の森に深く深く潜り込んだ。崖を上り、谷を下り、川を渡った。  森は危険な場所だ。ただ、幸運と言っても良いのだろうか、私は其の森で所謂 野生動物には出会わなかった。其れと引き換えに、奇妙なチョウは数え切れぬほど目にしてきた。しかし、社会とやらに出てから分かったが、其れらはただのチョウではなかったようだった。普通のチョウは、雷を操ることも無く、火の粉を振りまくことも無く、人を優に超えるほど大きくも無く、ほとんどは掌に収まり、ごくごく稀に毒を持つ程度らしかった。未だ小さかった私には、到底理解し得ない事実だった。  私は当たり前のように、当たり前の通じない森の中でチョウを追いかけた。捕まえたチョウ達を標本にするのが好きだった。まだ標本に居ないチョウが居れば、何処までも追いかけた。  其の時の私は、愚かにも神秘に近付いてしまった凡庸であった。  アブラゼミが鳴き止んだ時だった。私は枯葉が若い草を覆っている場所に辿り着いた。太陽が降り注ぎ、年老いた大樹が真ん中に腰掛け、其の胸の中には小さな命が芽吹いていた。肌を焼く光には似つかわしくない光景であった。いや、チョウの蛹があることは此の時期らしかっただろうか。今ではもう分からない。  恐らくは、此のチョウも普通とやらではなかったのだろう。いや、そう断言出来よう。そうでなければ、私は、得体の知れない其れを此の身に受け入れるなどという馬鹿なことはしなかった筈だ。私は、其れほど分別のつかない阿呆ではなかった筈なのだ。  以来、私は此の身で其のチョウと同居することとなった。自ら犯したことであるというのに、私は其の事実と直面すると、どうしても喉を掻きむしりたくなるのだ。どうしても、喉の奥が痒くて痒くて仕方がないのだ。
白椿
白椿
主に小説を書いてます。 気まぐれ投稿です。