物忘れと富士山

物忘れと富士山
私達には歴史がない 富士山が見たいと言った彼女の肩を抱きながら私は歩いている、渋谷のどこかなのだろうがここが何処なのかも分からず、次第に頭が空っぽになる恐怖に争うためか、はたまたパトロール中の警官に保護されるのをどこか待っているのか分からずとにかく歩く、84歳と77歳の逃避行。 電車の車内では、手を繋ぐ私達に席を譲りながら若い夫婦が「ずっと仲良しなんですね、羨ましい。」と言った。 きっと長年連れ添った老夫婦だと思ったのだろう。 彼女は若い夫婦にニッコリと微笑み「富士山を見に行くんですよ」と無邪気に言った、彼女の認知症は初めてデイサービスで会った1年前から確実に進み、最近では自分の子供の名前も思い出すのに時間がかかる。 だが、1年前初めて彼女に会った時、この人と一緒になりたいと唐突に思った。77年間で初めての感情だった、その感情を5年生になった孫娘に話すと「素敵ね、おじいちゃんも恋をするんだね」と真剣に聞いてくれた。
ガナリ
ガナリ