遡上する嘘

遡上する嘘
 月を源流とする川のほとりで男が釣りをしている。男はつばの広い帽子をかぶり、異様に長い竿の先を見つめていた。タバコを咥えているようで、細い煙が上がっている。辺りは夜明け前か夕暮れ時のように薄暗く、タバコの先が蛍のように明滅する。  川はぼんやりとした光を放っていた。タバコの煙が僅かに揺れた。男が引いた竿の先で小さな嘘が翻る。男はさらに竿を持ち上げ、嘘を掴んだ。針から外し、足元のバケツに放り込む。男の顔は、帽子のつばのせいでよく見えない。 ✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎  夜になると嘘は月を源流とする川を遡って月へと還って行く。ビルを越え、電波塔を越え、山を越え、雲を越え。月に辿り着いた嘘は、何度か口を開け閉めして静かに瞼を下ろした。嘘は息絶え、その指先から石化していく。真っ白になったいくつもの嘘が月面に降り注いだ。まるで雪のように。羽根のように。 ✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎  嘘を釣り上げた男は、嘘の腹を死んだ星でできたナイフで裂き、幾つかの感情を取り出した。丁寧に選り分けてひとつずつガラスの瓶に詰めていく。
.sei(セイ)
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✍🏻星の隙間、ベッドの隅で言葉を紡ぐ|Twitterで主に創作してます。