メモ

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 彼は己の欲や気分について私たちに気づかれないように振る舞っている。少しくすんだ白の、バロック彫刻のような肌も相まって人間らしさがさらさら感じられない。しかし、彼が人に心無いことを言うことはなく、むしろ心の仕組みを知っているかのように人をうまく扱うから恐ろしくも私には魅力的だった。  彼には十分な能力があったにもかかわらず何の責任者にもなろうとしなかったのは、他人を自分の領域内に入れたがっていないように見えた。私たちはあくまで他人であり仲間ではないらしい。彼が無欲な人間なのかもしれないし機械的なことを繰り返しているのが好きなのかもしれないが、普段の言動からも境界線を引いているのだと確信している。  私が彼と初めて会った時、彼の職業は税理士事務所の下っ端サラリーマンだった。その時は最近成長してきた都市にある創業60周年を迎えた会社の取材のために訪れていたような気がする。彼は一見特徴の無い人間で、第一印象は目標と呼べるようなものも持っていなさそうなヘラヘラ人間だ。そしてどこか無責任そうな。しかし、ただの一社員がここまで頭に残ったことは私にとって初めてのことだった。今思えばその時から私は彼が隠していたカリスマ性に惹かれていたのだろう。  どうしてかは分からないが、あの時僕は彼に着いていけば、自分が本来知ることができなかったはずの世界を観れると信じ、その時の職や恋人まで捨て彼と共に人を騙しながら世界で生きていくことを選んだ。実際その通り様々な景色を見ることができたし仲の良い友人も多くできたため後悔も全くないが、最近死の気配が強まってきているように感じ、記録を書き残したいと言う気持ちになることが増えた。彼に着いて行かずにあのままライターをしていれば、これほど早く死の気配を知ることは無かっただろう。  ちなみに、人を騙すなんて言ったが、騙さずに誠実に生きればそのあとの人生が決められていく社会の中で気ままに生きるための手段なのだから、一般的な詐欺師とは違う。それにちゃんとその国々の資格も取っていたのだから、詐欺師の中でも教養のある努力型詐欺師である。
グリーン・ソイ・ビーンズ
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