IN SINGAPORE 5
「じゃあ俺帰るわ。仕事が残ってるからなぁ」
根津がそう突拍子もなく言って荷物を担ぐ。博戸は慌てて止めようとしたがサムエルはさらばと英国風に言ってその場で別れた。
「変ネ。協力シテモラウノデハ?」BTが不自然そうに溶けた顔を支える。「そうだよ、私は彼と話すことがあったのに」と博戸も動揺を隠せぬ。サムエルは言葉を無視して義眼を嵌めると何度か瞬きした。
「私が頼るのはかの鼠ではなく、彼の会社です。私はBTさんや博戸さんの弱みを握ってますが、彼の弱みを握ったところで彼の心身に傷をつけることは難しいので私としても考えたいところです」
大きな欠伸だ。
「どういうことだよ。弱みだって?」と彼は思わず眼を見開く。隣でBTは話も碌に聞かず林檎飴を貪っていた。そしてサムエルはスマートフォン購入をした後に買った楓糖蜜の掛かった薄い培根を頬張る。
「BTさんを此処に輸送した組織は先刻私が襲った組織ではないわけです。此の小説を推理小説にするのは私も厭なので、簡単に説明しましょう。BTさんの殺害した二人組は亜細亜人男性で、博戸さんや私を殺そうとしたあの厳つい人々と協力関係にあるとする。此の地区担当というわけではなく、各地を転々としているわけです。と言ってもまぁ、つまり渡り鳥のようなものだ。そんで、その渡り鳥に覚醒剤を安く売って大量に買ってもらう墨西哥の暴力組織であり麻薬輸入組織。それらと鉢合わせたわけです。まぁ二人組を殺している時点で混乱を招いたでしょうけど、私がその組織を潰したから暴力組織の利益は〇どころかマイナスですねえ。指名手配になった利点としては基本的に犯罪でも何でもやり放題、ということですかな」
咀嚼音で内容が掻き消されたが、動物特有の鋭い聴覚で聞き逃さない。博戸は手を振って「いやいや」と苦笑いを浮かべた。
「私はそういうのに消極的なんだけどなぁ。サムエルがそうやって処刑を繰り返したところで世界は変わらないよ」といった具合に真っ当な事を言う。BTがそれを聞いて北叟笑んでいたがサッと口許を手で覆って誤魔化した。然し手が結晶化して隙間から見える。そんなBTを見てサムエルが眼鏡を爪でずらした。
「BTさん、貴方には決まった形がありませんよね。でも貴方が行ったことの全ては歴史に刻まれて変わることはないんですよ。それだけは」淡白に、少し病弱そうな声を出した。
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カテゴリー: ミステリー
投稿日時: 2026/4/10 14:53
最終編集日時: 2026/4/10 14:54
愛染明王
身の廻りに住んでいる動物達の一日を書き留めている。好きなものは菌類を含めた生物全般、そして女性。作品を此処に書き留めては読み返し、日々修正を重ねている。