「月が綺麗ですね」

「月が綺麗ですね」
 夏目漱石が「I Love You」を「月が綺麗ですね」と訳したのは有名な話で、小説だとか詩だとか、そういう文学的なものに全く興味のない僕でも知っているくらいだ。  頭の良さそうな言い回しっていうのはとても魅力的で、告白だとかプロポーズだとかの時には言ってみたいと思うのも不思議ではないだろう。多分、僕は恥ずかしくて言えないと思うが。  まあ、ただ、そういった言い回しが広まると純粋な気持ちでは気軽に使えなくなる訳で。月を見て正直な感想が言えなくなるのは少し、僕には息苦しく感じる。 「……ねぇ、聞いてるの?」  ふと耳に入った呼びかけにびくりと飛び上がる。隣を見れば、むすくれた少女と目が合った。  そういえば、今僕は友達と塾から帰っているところだった。 「あー、うん。聞いてるよ。」  僕の気持ちを見透かそうとする目から逃れるために暗い道の先を見る。それでも居心地が悪くて、気付かれないように項を引っ掻いた。 「嘘だ。」
白椿
白椿
主に小説を書いてます。 気まぐれ投稿です。