猫と桜の終着駅

猫と桜の終着駅
 あぁ、これで今日はもう完全に遅刻だ。  ベタベタとした湿気には似合わない淡い桜色の電車が、徐々にスピードを上げながら遠ざかっていく。その無機質な走行音はさながら最終通告のようだ。今まで通りの日常を送るための最終通告。  こうやってここで上り電車を見送るのは、今日三度目だった。  すくんだままだった足がようやく動くようになった。そのままふらふらと線路から遠ざかり、ホームの後ろの方に置かれたペンキの剥げた木製ベンチにずしりと腰を下ろす。  さっきまでいた人々はみな、四両編成の鉄の箱に乗り込んでしまったため、ホームは一気にがらりとした。鳥の鳴く声と、駅のすぐそばを走る自動車のエンジン音、そしてたまにベンチ横の自販機が立てるゴーっという音が不規則に混ざり合う。  田舎の小さな駅は通勤、通学時間帯以外は閑散とする。上りのホームと下りのホームが向かい合っただけのシンプルな駅。線路を挟んで反対側のホームにも人の姿はない。  見慣れた景色もこっちの気持ち次第ではこんなに違う印象に見えるものだな、と呑気なことが頭に浮かんだ。  そんなことを考えているうちに頭が冴えてきて、今度は現実的な問題で頭の中が埋め尽くされる。  とりあえず会社に連絡をしなくては──いや、何て言えばいいんだ。「電車が遅延してて」はすぐにバレる嘘だし、「途中で事故にあって……」は大事すぎる。普通ならここは「体調不良で」と言えばいいところなんだろうが、あの上司のことだ。無理にでも出社しろと怒鳴られるに違いない。
あまもよい
あまもよい
 真夜中の通知ごめんなさい。