第一回ノベリ川賞 げっこう

第一回ノベリ川賞 げっこう
ある男が言いました。 「己による精神的な脅迫が、何よりの悪夢だ」 そいつは私の友人で、数年前に胸を痛めて亡くなった可哀想な奴です。年がら年中日傘を差して、太陽の光を嫌うヴァンパイアのような好青年だったのです。 世間一般で言えば、特殊な人間でした。 資産家の生まれで、たいそう裕福でしたから、なかなか贔屓されて育ったようなのです。髪の毛は女中によって手入れされ、坊ちゃんらしく襟締を施して、瞳には、貪欲な富豪の血が見て取れる、絵に描いたようなブルジョワ人間だったと聞きます。 それでも、身体的特徴と内面に関係はありませんでした。彼は果断に富んだ性格をしていて、嫌味たらしい愚人ではなく、むしろ楽観的で、理知的で、封建的な観点から見るなら常軌を逸した性分をしていました。だからこそ、友人になれたのでしょう。初の邂逅を果たしたのは、彼が隣に越してきた時分のことです。 ファースト・インプレッションは、常人のそれと異なりました。繰り返すようですが、彼は人というより吸血鬼に近い風貌をしておりましたから、私には、彼が西洋のジェントル・マンに見えて仕方がなかったのです。白い肌をしていて、頭には潔癖そうな帽子を深く被り、手には烏羽のように黒い傘を持っているのです。傘どころか、彼の全身が黒色なのでした。呂色の革靴、墨色のスラックス。漆黒のシャツは、肌を隠すように袖を下ろしておられました。煌々と照りつける太陽に反抗するように、月光下において真価を表す洒落た様をしていたのです。 街には、進学に合わせて単身でやって来たようでした。 彼は、私のことを“藤村君”と呼びました。無論、私の苗字は藤村ではありません。彼がこう呼ぶのには理由があり、それはとても単純な話になります。つまるところ、私の外見が“島崎藤村”に酷似していたからに他なりません。彼は文学や哲学を専攻する人間でありましたから、生命における根源的な弁術や、機知にも富んでいるわけです。
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