紙の森の呼吸

本屋の匂いって、どうしてあんなに落ち着くのだろう。 扉を開けた瞬間、ふわりと鼻に届くあの空気。紙とインクが混ざり合った、少し乾いた匂い。新品の本の、まだ誰にも触れられていない静けさと、長く棚に並んできた本の、時間を吸い込んだような深さ。その全部が一つになって、あの場所だけの空気を作っている。 私はあの匂いを嗅ぐと、不思議と呼吸がゆっくりになる。 急いでいた足も、いつの間にか止まってしまう。目的の本があったはずなのに、気づけば違う棚の前に立っている。背表紙を指でなぞりながら、「この中にはどんな世界があるんだろう」と想像する時間が、たまらなく好きだ。 本屋は、ただ本を買う場所じゃない。
月詠 雛
月詠 雛
04(21) 夢で実際に見た話や、日々の体験をもとに文章を書いています。 詩・小説・エッセイなど、ジャンルにとらわれず言葉を残しています。