幼い頃のある風景
僕がまだ小さく、それこそ九九だのを学んだばかりで台所を行ったり来たりしながらそれを得意げに口ずさんでいたような頃の話だ。
僕は夜が堪らなく苦手な少年だった。カーテンに隙間などがあると、そこから巨大な獣が眼を光らせてこちらをじっとみつめているような恐怖を感じたし、眠る時はいつも酷く孤独な気がした。僕が眠る寝室と母がいるリビングは1枚の扉で隔てられていて、僕が気を失えば母はその扉の向こうからいなくなってしまうような気がしたのだ。だから僕はしきりに母に「ねえ、1人にしないでね。」と懇願して、母を困らせたものだ。
母から愛されている実感が無かったわけではない。ただ、夜という黒く覆われた時間がしきりに僕を不安にさせたのだ。
そんな僕のために母はいくつかのぬいぐるみを買ってくれた。「この子達はあなたの友達ですよ。きっとあなたを守ってくれますからね。」そう母は話した。
手鞠のような小さなうさぎ2匹とカンガルー、それとペンギンに鯨。彼らが僕の友達だった。枕元で行儀良く座って待っている彼らは僕が布団に潜ると魔法が掛かったように動き出し、僕は彼らとその日の出来事や晩御飯のこと、読んだばかりの本の感想などを眠くなるまで語り明かした。「もう寝たほうがいいだろうね。」とうさぎが2匹揃って言った。その隣でペンギンは難しい顔をして絵本を読み、カンガルーと鯨は目をキラキラと光らせて僕が話すのを待っていた。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2023/12/21 18:17
ハートフィールド