月鏡

 その村では夜中に鏡を見ると魂が吸い取られてしまうという言い伝えがあった。日が沈むと同時に、村の家々ではすべての鏡に分厚い布が掛けられる。洗面所や姿見はもちろん、手鏡や、夜の窓ガラスの反射にいたるまで、自分の姿が映り込む可能性のあるものには異常なほどの警戒が払われていた。  祖母の葬儀で十年ぶりにこの村へ戻ってきた僕も、親戚たちからしつこいほどにその掟を叩き込まれた。   「夜中、絶対に布をめくってはいけないよ。うっかり落ちているのを見つけても、決して覗き込んではならない」    ただの迷信だと笑い飛ばすには、村人たちの目はあまりにも真剣で、どこか怯えを孕んでいた。  その夜、ひどい喉の渇きで目を覚ました僕は、水を飲もうと台所へ向かう途中の暗い廊下で足を止めた。  古びた鏡台に掛けられていたはずの黒い布が、床にずり落ちていたのが見えた。すきま風のせいだろうか。  静まり返った家の中、青白い月明かりだけが、むき出しになった鏡面を不気味に照らし出している。  見てはいけない。そうわかっているのに、僕は気付けば一歩、また一歩と近づいていた。
かきあげ
かきあげ
バナナです