吾輩は猫又である

吾輩は猫又である。名前はもうない。 とんと見当はつかぬが、いつの間にか暗いところでにゃーにゃー鳴いていたことは覚えている。吾輩は心細かった。飼い主の男を探して、吾輩は旅に出ることにした。 吾輩ははるか昔、役者の男に飼われていた。白粉を塗る男の姿をいつも見ていた。 吾輩はくさい化粧のにおいを嗅いでも、その男と一緒にいたかった。 お前はかわいいね、と言って頭を優しく撫でてくれたことは覚えている。 生き物はいつか死んでしまうもの。吾輩は別れたくなかったが、死に別れてしまった。 ついに死んだ後に会うことも叶わなかった。 吾輩は男を探して、ある時は着なれない洋服に身を包んだざんぎり頭の男たちの顔を見ていた。ある時は道端に落ちた新聞を踏みながら、暗い顔をした人々の後をついて行った。瓦礫がくすぶる街をかけぬけ、ラジオを聴いて泣く人々の間を縫って、ゴミだらけで人がぎゅうぎゅうに乗った電車に揺られ、駄菓子屋に集まりへんな芸をする子どもを通り過ぎ、画面を見つめる人の顔もよく見て探した。大きな音がして人々が踊り狂う場所も探した。
かづき
かづき
気ままに書いていきます!