語りの終わりに
彼が何をしたというのだろうか。品行方正で清廉潔白な彼がどうしてこのような悲劇に見舞われるのか。その一幕をお話ししましょう。
安い作りの木樽ジョッキに注がれた薄い葡萄酒を飲みながら旅人の話に耳を傾けた。各地を巡っては居酒屋で口伝の伝承を話す旅人、その大半は物乞いと変わらない。口から出まかせに物語を作り上げるその腕は見事なものだが、教訓めいたことを言い出すと一気に興が覚める。
「元より南方に出自を持つ貴族であったのですが、貧相な土地柄からついには我々のような庶民よりも苦しい生活を強いられることとなります」
席を立とうとした時にどうにも気になる話を旅人が話し出したため、葡萄酒のおかわりと名産だというニシンの酢漬けを注文した。
「しかしは没落貴族といっても貴族ですから、持ち得る限りの関係性を活かし、親戚の親戚の親戚といった具合になんとか面倒を見てくれる人を見つけるのです」
ニシンの酢漬けを食べ、やはり北の方が飯はうまいな、と感心しながら旅人の話の誇張ぶりを笑った。そこまでいったら最早親戚かも怪しいだろうが、その誇張ぶりが旅人の話の魅力でもあった。
「しかしこれまた貴族であったことが仇となり、まるで居候とは思えぬ立ち振る舞いを取るのです。いきなり奴隷のようになれとは難しいかもしれませんが、ここで召使いぐらいの振る舞いであれば、彼に悲劇が訪れることはなかったのかもしれません」
なるほど旅人の言う通りである。実のところ、南方の貴族でそこから没落していったと言う特徴が完全に当てはまっており、胸の内をくすぐられるような好奇心が働いていた。最も自分ではそこまで大袈裟な立ち振る舞いだとは思わないが、伝承者というのは往々にして誇張して話すものである。
「物語が動き出すのはここからで、居候先の王も決して裕福ではなかったのです。その土地の民のことを一番に考えていたものですから、彼らの血税で浮浪者ともいえる没落貴族を匿ってて良いものか随分と悩みました」
先ほどまで並々に注がれた葡萄酒を溢しながらも木樽ジョッキを掲げながら話していた旅人も、不幸が訪れる転換期には席につき、悲しそうな表情をしていた。しかし、その悲しそうな顔さえ大袈裟なものだからなんだか笑えてきた。
0
閲覧数: 76
文字数: 2696
カテゴリー: その他
投稿日時: 2025/9/13 10:11
最終編集日時: 2025/9/13 10:12
注意: この小説には性的または暴力的な表現が含まれています
K
色々書いています。