龍を放す

 窓の外に閃光が走った。  一拍遅れて凄まじい雷鳴が響き、重く垂れこめた雲からざばざばと大粒の雨が降ってくる。  歴史教師の延々読経を聞かされるような授業にうんざりしていたクラスメイトたちはこの気候変動をたいそう喜び、俄かに沸き立った。単調な教師の声、雨音に調子を得たクラスメイトの私語、雨音、雷鳴。僕はびかりびかり閃く稲妻を見るとはなしに見ながら、姉と鴇のことを思い出していた。  僕が14の時、姉は落雷により呆気なく他界した。バックトゥザフューチャーで主人公とデロリアンを未来へ無事帰らしめた1.21ジゴワットの電流は、一瞬にして姉を天国へ連れ去った。雷が人体に当たる確率はおよそ百万分の一だという。海外のすごい稲妻写真集が愛読書で、フランクリンを模した実験に日々勤しんでいた僕ではなく、天気のことそっちのけで恋に部活に青春を謳歌していた姉がなぜ見事当選してしまったのかはわからない。  鴇とは、通夜の後話した記憶がない。何せ、鴇と僕の会話は雷が合図だった。小学生の頃、彼は稲妻という気象の愛好家である僕を多分に面白がり、雷が鳴るとすっ飛んできて、「碧井、かみなりだぞ!」とただ言いに来るだけの遊びをしていた。ひどい時は授業中に雷が鳴り、二つ隣のクラスから僕の教室に走って来ては担任教師に抓み出されていた。  暗い空を稲妻が龍のように駆けていく。美しい龍。姉の命を奪った龍だ。小さい頃の愚かな僕は、あれを捕まえたくて必死だった。ふたつ隣のクラスの鴇も見ているだろうか。彼は二度と授業を抜け出して報告に来ることはないのだろう。もうそんな遊びをするような歳ではないし、なにより彼はそこまで不謹慎な人間ではないからだ。  放課後、教室を出てすぐ鴇に遭遇した。電気が点いていてなお暗い廊下に突っ立って、ぼんやり窓の外を見ている。 「やだ~トキ、黄昏ちゃってどうしたの~」
絵空こそら
絵空こそら
よろしくお願いします。