セルツェン
蛾の翅が、音もなく崩れていった。その炎に触れたからである。おぼつかなく翅を動かし、ふらふらと炎に飛びこんでいった。
少女は憐れにおもった。指さきをのばし、その亡き骸を受け止めようとした。あの冷たく固い床に落ちてしまわぬようにと。その指先は白く、肉という言葉を知らないようだったが、艶やかに淡い炎の光を反射してみせた。
のばした指さきは男の目頭に触れた。男は冠をかぶっていた。真紅を金で縁取り、太く幹のような蝋燭をのせた冠を。
静かに男は前を向いている。古ぼけ、ただ気品だけを失わない椅子に腰掛けている。腿の長さだけの遠さに少女は立っているが、男は少女を見なかった。
「触れるな。神は造作もなく炎を命に変える」
男はそう少女に言葉を寄越した。少女の瞳はかすかに揺らぎ、すっと手を引いた。蛾の翅は男の頬を滑り落ちていった。翅はまだ燃えていた。男の頬に一筋線が走る。少女は、はっと目を開き、喉を不器用に震わせた。まだ堪えることを知らない嗚咽であった。
思わずといった様子で男は少女の方へ顔をあげた。少女は大粒の涙を、ぐっと堪えていた。
男はそのとき、はじめて表情というものを見せた。途方に暮れたような、どうしようもないような、至極ふつうの人間のように、
困ったようにはにかんでみせた。少女を慰めるように優しく、柔らかに。
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カテゴリー: ファンタジー
投稿日時: 2026/1/18 5:33
最終編集日時: 2026/1/31 9:50
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