神々の宿る山にて

神々の宿る山にて
「私はもう死んでしまおう」 掛かりつけの歯科医院で定期検診を受けながら、私は突発的に思った。歯科医が丁寧に歯の間にフロスを入れて私の歯を磨いてくれている時にだ。 「歯は大事にしましょうね、若いうちから虫歯予防に努め八十歳まで自分の歯で噛みましょうね」 「そうですね」  なんて会話をしている患者が死んでしまおうなんて思ってるなんて歯科医は思いもしないだろう。しかしいつだって人は前々から決めていた事よりも、感情に突き動かされ突発的に行動する方を選びがちだ。だから死にたいって思ったら居ても立っても居られなくて、診察台から起き上がって今すぐ走り出したかった。そしてその時に自分はああやっぱり私は動物なんだ、と実感する。目の前に餌があるのに理性で何たら考えて食べるのを我慢するよりも、さっさと食っちまえよと。  カウンターで治療費を支払い次の検診の予約を入れる。これから死ぬと決めたのに三ヶ月先の予約を済ますなんてどうかしているな、私はまだ生きていたいと思う部分があるのか、などと心の中でツッコミなどしてみる。  行き先は生駒山と決めていた。以前心霊系YouTuberが最強に怖いと言っていた場所だ。私は関西人の心霊系YouTuberが好きだ。というか関西人の作るYouTubeはだいたい面白い。何故かって? それは完璧なオチがあるから。関西人の創造物には必ずオチがある。だったら私が死のうと思って向かうその生駒山の最強に怖い場所に完璧なオチがあるのか? 私が死ぬ以外に? あの山奥に?  外はざあざあ降りの嵐の日である。だから古い歯科医院の窓硝子がガタガタと揺れていた。受付のおばちゃんに『おばちゃんいつか硝子割れるで』って帰り際に言ったら『歯科医のおっちゃんが死ぬか硝子が先に死ぬかだから問題あらへん』言うからここにも生死があるんかいな、と思いながら位置情報を消す為にスマホの電源を切り、ハイカットの黒いコンバースに足を入れるとその紐を私の生駒山に向かうという決意と共にキツく結んだ。
枇榔井うみ(ひろい・うみ)
枇榔井うみ(ひろい・うみ)
小説を書く練習をしています。拙い小説なので、合わないと思ったらブロック推奨です。 読んで下さった皆様に感謝します!