可能性のバトン(2021.12)

可能性のバトン(2021.12)
 まるで世界の終わりそのもののような夕陽が、ブラインドの隙間から差し込む。誰かが号令を掛けた訳でもなく、背筋を伸ばす人、コーヒーのおかわりを用意する人、夕食を買いに行く人が現れ、一日の長さが上書きされる。入社してもうじき三年が経つ。この光景になにも感じなくなってしまった自分が嫌になる。  マウスから手を離すと、汗が滲んでいた。モニターの端に写し出される時計を一瞥し、神経を研ぎ澄ませつつ、茶坂はひっそりとデスクを片付け始める。  資料を鞄にしまっていると、ふと営業先の進捗が気になった。問題が起きたら連絡がほしい、と伝えていた。今までなかったということはつまり、予定通り搬入を終えているということだ。その確認ができれば、帰り支度を進める口実にもなるだろうと思い、社用のケータイを開く。 『あぁ、ちょうど良かった。今、連絡しようと思ってたところなんです』  スピーカーから不思議そうな声が聞こえた。「どうかしたんですか?」と茶坂が返す。その瞬間、引き出そうとしている答えの先に、途轍もない後悔が潜んでいることに気付いた。今すぐ切りたい衝動に駆られるが、電話越しの彼は「あの」と言葉を詰まらせながら答える。 『商品が届いてないんですけど、大丈夫ですか?』  視界が色褪せていく。凶報を聞いて真っ先に思い浮かべたのは、交際三年祝いの手料理をこしらえる彼女の姿ではなく、激昂する部長の姿だった。 「すぐ折り返します」とだけ告げ、搬入の担当に連絡するが繋がらない。一番親しい先輩を経由し、心を整える。報告には勇気が必要だった。怒られるとわかって伝える。まるで死に逝くようなものだ。ミスの報告は、自殺と似ているのではないかと思った。 「なんでこんなことになってるんだ!」  顔に唾がかかる。嫌悪感をぐっと堪え、茶坂は「すみません」と何度も頭を下げた。周りの視線が背中に集中するのを感じる。一度超えてしまった沸点を抑えるのは難しい。茶坂はわかっている。誰ひとり、火消しに来る物好きはいないことを。
飛由ユウヒ
飛由ユウヒ
〔ひゆうゆうひ〕小説で誰かの心が救えたらいいな、と願いながら書いてます。名古屋の同人文芸サークル「ゆにばーしてぃポテト」にて執筆とデザインと広報を兼任。『ブラッケンド・ホワイトフィッシュ』ステキブンゲイ大賞一次選考通過。#100円文庫 を毎月10日更新! ▼▽情報はこちらから!▽▼ https://potofu.me/yuuhi-sink