2.月と怪獣とアリクイの姉弟

2.月と怪獣とアリクイの姉弟
「そろそろ次の駅ですけど、どうしますか?」  ウィリーがまたもそう呼びかけて、ランドラの方を振り見やる。しかし、彼は今度も返事をすることがなかった。まるで、何かを考え込んでいるかのようにも見えた。形の見えない霧のようなものに、思い悩むような姿。ランドラは車窓の外に流れる、蛍とも発光源の不明な灯に照らされた冬の結晶の輝きともつかぬ白い煌めく放ちに視線をやっていた。  すると、ウィリーは再び進行先に目線を戻して、そろそろ、一息つきますかね、とハンドルを左向きに回して呟いた。アナウンスが、ルーイトンドリア、ルーイトンドリア、と車内にその声が響き渡り、ウィリーはランドラの返事を待たずに、次のそのルーイトンドリアなる駅にヴェルベット号の車両を停車させた。  車両から降りると、ウィリーはんんー、と背伸びをした。そして欠伸をすると、空から降りしきる雪の粒に顔を冷たがらせて、あくび混じりに頬を擦った。  そのルーイトンドリア駅は、煤けた白い石灰造の構造でできている建物で、緑の蔦草やら雑草やらが地面から伸び伸びとしている、一見すると怪しげなお化け屋敷にも見間違えるような風貌をしていた。改札口の上の壁には、木材質の振り子時計や、鳩や雀の彫刻が彫られている。  ランドラは、ふとそのどこか異様にも捉えられる駅の雰囲気を眺めると、あるひとつの想い出をふいに想い出していた。それは、いつか妻と二人で出かけた、海沿いの街の中にある通りの一角のカフェでの想い出であり、なんで今それを急に記憶に起こしたのか、ランドラは一瞬わからなかったのだけど、駅の中に入ると、その理由が分かった。ランドラは、どうぞ、こちらについて来てください、とウィリーに案内されるがままに彼の緩やかに揺れ動く尻尾を見つめながら出口に向かって歩き出した。  駅の構内は、スカンジナビア的な文様を持つスタイルで彩られており、それは、かつてのランドラとヒマワリが入店したカフェの様式と相重なっていた。それに構内の至る所には、コーヒー豆の木やカカオ豆の木がまるで原野のように鮮やかに生え立っており、今にも挽きたてのいい匂いが漂ってきそうでさえあった。  駅には事務室は見あたらず、どこまでも仄白く、触れ心地の良さそうな綺麗な滑らかな石の壁が、他の何をも介さず出口まで左右に続いていた。  そして出口が近づくにつれて、ランドラはもうひとつの記憶を呼び起こした。それは、娘の存在が明らかになった瞬間、つまりは妻の妊娠が発覚した瞬間の記憶だった。妊娠が発覚したのは、ついそのカフェをヒマワリと二人で出ていった後、家に帰り夜の夕飯やその他支度をしている際の昼過ぎのことだった。ヒマワリがあなた、子どもよ、と突如の嬉しさに顔を光らせてランドラに駆けてくる。ランドラも一瞬驚きに身体が固まったが、そうか、と彼女と同じように喜びを顔や体全体に表して、二人で手を繋ぎ抱き合って自分たちの子どもの生命の存在を祝福した。  娘はそして、その一年後に生まれランドラ達の家には、新たな愛しき"宝物"が芽を出したのだった。
アベノケイスケ
アベノケイスケ
小説はジャンル問わず好きです。趣味は雑多系の猫好きリリッカー(=・ω・`)