人生60年時代(2)

人生60年時代(2)
「はい、よく頑張ったね」 看護師さんがやんわりと笑って、注射した腕に絆創膏を貼ってくれた。母にホルモン注射を打ちたくないと話して以来、ニ度目の注射だった。 「看護師さん、私、胸が大きくなったりしていくのどうしても気持ち悪いの。変かな?」 なよなよと話す私に、注射器を片付ける手を止めて言った。 「あら、楓ちゃんもそうなのね。最近そういう子多いみたいよ。大丈夫、みんなやってることだし楓ちゃんもそのうち慣れるわよ」 やっぱり、言うことは同じか。楓はまだ少し痛い気がする腕をさすりながらバレないようため息をついた。  楓はあれから、男子の目線が異常に怖く感じるようになった。注射は逃れられないとわかったので、せめてもの抵抗としてネットでサラシを買い、学校に行く際はそれを着けるようにしていた。毎日、毎日、締め付けられる圧迫感に気持ち悪さを感じていたが、あいつらの性の対象になるよりは遥かにマシだと思った。  楓には、男子の性的関心は日増しに強くなっているように見えた。教室で卑猥な話題を大きな声で話すことなど当たり前で、「クラスでヤるなら誰ランキング」などもノートに書き起こし、授業中に男子だけで回して遊んでいたのを教師に見つかり、クラス全体指導されたこともあった。だが性的関心があるのは男子だけではないようで、一部の女子も興味を持ち始めているのを楓は知っていた。特に、男子からクラス一の巨乳だなんだと陰で言われている吉岡静香は、男子とも積極的に関わることが多いためかなりの人気のようだった。そんな彼女は3学期が始まる前に学校を辞めた。噂では、他校の男子との子供を妊娠したなどと言われていたが、本当のことは誰もわからない。  「楓、そんな格好で寒くないの。受験まで一ヶ月切ってるんだから、今風邪なんて引いたら大変よ」
雁木ひとみ
雁木ひとみ
全てフィクションです