夢路

あの子が僕を追い抜かすとき、そっと軽く微笑んだから、僕はその後を追いかけずにはいられなかったのだ。 薄くむんむん、いい香りが漂っていた。お香の煙が服に染み付いているのだろうか。あの子が歩いた道すじを辿ると、金木犀のような匂いが微かに流れてくる。だけど、そう断言できるほどの確証はなく、それを確かめるために隣まで追いつこうとすると、僕が急いで歩いた分、その子もそれだけ早く進んでしまう。そのせいで、僕は今まで、その後ろ姿を四、五m前に見ながら歩き続けているのだ。 街はしんと静まりかえっていた。暗さの底に沈んでいた。半月だけが、ただこうこうと輝いていた。 何より、止まってほしかった。振り返って、僕が追いつくのを待ってほしかった。だから、僕はその子を呼び止めようとした。だけど、あの子のことを何て呼べばいいのか、僕はそれを知らなかった。 「ちょっと、名前だけでも!」 僕はそう叫んだ。しかし、あの子は振り返らずに、ずんずん歩いていった。僕の声が決して聞こえないはずはないのに。それでも、立ち止まってしまったら置いていかれる気がして、僕は変わらずあの子の後を追いかけた。 「おーい、聞こえてるんだろっ!」 だが、あの子は振り返るような素振りも見せずに歩いて行った。かえって、それが僕の負けん気を刺激した。しかしそうは言っても、僕には、どうしてそう無視されるのかが理解らなかった。僕が何か変なことをしただろうか?いや、そんな心当たりはない。第一、はじめに僕を誘ったのはあの子の方じゃないか。もしや、僕が思い出せないだけで、いつかの知り合いなのか?
道徳的な山羊
道徳的な山羊
「後川」だった者です。17歳の若造です。 「もののあはれ」な掌編を投稿したいと思います 第七回N−1 12位  435点 第八回N-1 9位  318点 第九回N-1 8位  489点 King of Novelee vol.3 5位 King of Novelee vol.4 5位 第10回N-1 9位  438点