第九章
ハルキがリビングに戻ってきて、ルカの様子を見ると、ルカは相変わらず観始めたときと同じ姿勢で画面を真剣に凝視していたのだけれども、しかしその時の彼女の表情には、どこかさっきとは違う、何か不穏分子的な存在を察知して、それに対する動揺をせずに過ごせるように心構えを持とうとしている雰囲気が感じられたため、ハルキはしばらくそんなルカの画面を眺める姿と、テレビ画面に色彩豊かに放映されているアニメーション番組を交互に見渡して立ち佇んでいた。それにしても、何をそんなにこんなアニメをそこまでして真剣に観ることがあるんだろう、とハルキはルカを見つめて小首を傾げたが、まあ、それくらい好きだってことなんだろうな、とルカのエンターテイメントに従ずる健気な態度を彼なりに微笑ましく受け取ると、静かにソファの空いている彼女の隣に座り込んだ。
画面に二人で目を向けていると、場面はいつの間にか、主人公のウサギ、リリーが訪れた川沿いの野原でーーそこには、色とりどりの季節を形づくるような草花が群生していて、自然の豊かさが満たされていたーー家で待っている妹のビビのために、珍しい花をようやく見つけだして、それを摘み取っているシーンへと移り変わっていた。リリーはやっとに珍しく、それでいて綺麗な彼の見たことのないような鮮やかさを持っている花を手に摘んで眺めると、うっとりとしたような視線を配せて、その花の彩りを楽しみながら、同時に彼の立っている野原の大自然豊陽とした空気や、川辺から川を隔てて向こうに見える、遥かに水色の透き通っている大空やその麓のきらきらとした翠の山々の一望を吹き流れる微風(そよかぜ)を身体全体で感じた。背後には甘美なBGMが流れていて、そのおかげでこのシーンの神秘性と壮大さが幾周りにも膨らまし成されていて、ハルキは思わず目を凝らした。最初のうちは彼の目にも幾分か幼稚な子ども向けのアニメーションとしか映っていなかった番組が、いつのまにか美しい、生命の息吹を感じさせるものに変化しているように彼の目に映っていたからだった。ふとハルキが横を見ると、ルカは変わることなく、真剣で何かを監視するような目つきで画面を見据えていた。
リリーは花をしばし鑑賞した後、それを優しくポケットの中に仕舞い込むと、ひと息目の前の自然の風の空気を吸い込んで味わうと、日が暮れる前に早く帰ろう、と向きを元の道の方へと変えた。母さんとビビが僕のことを待っている。リリーはそんなことを考えながら自分の買い物カゴの中のお使いの品と自分からのプレゼントの綺麗な花を一通り確認すると、何故だかいつもより楽しい気分になるのだった。しかし、そんな楽しげな気分も束の間に、リリーは、次の瞬間にとんでもない事件に見舞われて、突如として巻き込まれてしまうのだった。それは、彼が川辺から帰り道のある土手の方へ歩き登ろうとした時に、川辺の奥地とまでいかない併立した深めの森林の方から、一人の人影が現れたことが発端になったのだった。人影はすっかり林の茂みから姿を現すと、おい、と帰ろうとするリリーに声を掛けた。
「おい、お前さん、ここら辺のやつじゃないな?」
「えっ?」
「ここら辺に住んでるやつじゃないな?って聞いたんだ」
そういうと人影は、目深な藁帽子を少し頭上に押し上げて、リリーのことをじろり、と睨みつけた。帽子の裏からは、鋭い目つきでありながら、微かに年齢を感じさせる両目が覗いていた。その人影は、小太りのハイエナの男だった。見るからに屈強そうな身体つきをしていて、衣服装はまるで浮浪者のような見窄らしさを誇っていた。男の表情は高圧的で、灰色がかった前髪が帽子から目元に垂れ落ちていて、それらが織り成す不気味な形相だった。男の近くに寄ると林の茂みの土臭さを感じるようで、リリーはじりじりと歩んでくる男から後退りを少しずつした。それは男の匂いだけが理由ではなく、もちろん、男がこの上なく怪しげで、何か危険な思惑を孕んでいる存在のように思えて、リリーの自己防衛本能が働いたからだった。
「おい、なんでそんな風に逃げるんだよ」
「だって、急に現れて、話しかけてくるなんて、怪しすぎるにも程があるじゃないですか」
「そんな風にいうなよ、何もしねえって、それに、俺はただお前に質問をしたかっただけなんだからよ」
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2026/8/28 13:55
旭川黒介
小説はジャンル問わず好きです。趣味は雑多系の猫好きリリッカー(=・ω・`)☆