【第8回N1】ルードヴィヒ

「さようなら。互いに愛し合ってくれ……無限の苦しみから、死こそが、私を救い出してくれるのでは?」  これは私の祖父が大切にしていた本の冒頭である。この本を見つけたのは祖父の葬式から帰り、遺品整理をしている時だった。今から200年ほど前に生きていた作曲家の言葉らしい。詳しくは知らないが、祖父は若い頃音楽家を目指していた時期があり、この本はルードヴィヒという音楽家の本だと少し教えてくれた。しかし、当時小学生だった私は、何故祖父がそこまで大切にするのか、理解ができなかった。その事を思い出した私は、祖父が大切にする理由をもう一度探してみようと思い、本を手に取り、そして先の文の続きを読み出した。  1770年12月、真冬のドイツで彼は生まれた。名前はルードヴィヒ。  ルードヴィヒの父、ヨハンは音楽家であった。彼はモーツァルト親子のような関係に強く憧れを持っており、息子をモーツァルトのような音楽家に育てようと、ピアノの教育に熱心になったのだった。  ルードヴィヒは3歳の時からピアノ教育を受け、7歳で演奏会を開き、11歳という若さで初の出版を遂げることとなった。これは父の鬼の様な教育のおかげだろう。  しかし、その鬼の様な教育は、時に凄まじいものとなっていた。ルードヴィヒが曲を弾き通せるまで食事を与えなかったり、夜中に叩き起こし練習をさせたりなど、虐待じみた事もあった。そして、ヨハンはその後、アルコール中毒になり失職し、ルードヴィヒの弟たちにも暴力を振るうようになる。このような幼少期の出来事が、ルードヴィヒの性格を暗いものに変えてしまったのである。  ルードヴィヒは11歳の初出版を終えた後、作曲を学んだ。16歳の頃にウィーンへ行き、ルードヴィヒも尊敬するモーツァルトの前で即興演奏をした。モーツァルトは演奏を聞き、天才だと賞賛したと言われている。それからもルードヴィヒは大物の作曲家に認められ弟子入りし、才能を咲かせていくこととなった。
白猫やまと
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