逃避行12

逃避行12
僕は大阪の西成区にある団地の子として生を受けた。家族は母だけで、父は僕が生まれる前に他界し、女手一つで僕は育てられてきた。と言っても育てられたというのは便宜上そういうしかないだけで、実際育てられた覚えなどない。  父の死因は知らない。そして父と母がどういった経緯で出会い、結婚したのかは聞いたことはない。だが、父は母と反対で落ち着いる、優しい人間だったことだけは知っていた。それは、酔った勢いで母が時々漏らしていた。「優しかった」「何でもしてくれた」「愛してる」などと、泣きながら嘆いたりした。  母は自分の感情がコントロールできない人間だった。それは俗にいう何かの精神疾患であったりするのかもしれないが、それは今でもわからない。病院に連れて行っておけば良かったと思う時もあるが今になってはもうどうでもいい。  そんな情緒不安定な母は僕の小さい頃にはよく手を上げてきた。  僕が腹を減ったとごねると、寝小便をすると、とにかく母の機嫌をそこねるような事があれば、母は僕を殴り飛ばし、逃げるように丸まった僕の体を何度も何度も踏みつけ、その場にあるいろんなものを投げつけてきた。 虫になったようだった。 そこら中を這う、蟻の一匹になったかのように彼女は一匹のひ弱な蟻を打って、蹴って、痛めつけた。  その頃の僕には何が何だかわからなかった。ただ、母を怒らせてしまった、悪いことをしてしまったのだ、と解釈をしてひたすらに謝った。 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」 「もう、うるさんだよ!」
ばぶちゃん
ばぶちゃん
基本連載 時々短編 文章虚偽祭り ナポリ湾 少なめ健三郎 自然薯