暗がりの先、ユートピア

暗がりの先、ユートピア
暗い暗い洞窟の中、ゆっくりと足を繰り出す。地面を踏み締めるたびに、砂粒の擦り合わされる音が木霊する。天井から降りる石の氷柱を這って雫が滴り落ちる。既に溜まった水の中に一滴一滴と落ちる音もまた、まるで風鈴のように凛と澄んでいて美しい。疲労困憊で実際には鉛のように重い足も、この先に待つと言う景色のためなら羽が生えたように軽かった。 ずっと遠くに見えていた光もいよいよ近づいて来て、洞窟の闇も明るく塗り替えられ始めていた。いつしか完全に闇が消え失せ、突然周囲が光に包まれる。その不慣れな明るさに目が眩んだ。次に開くまでには、少々の時間を要した。 眼球が押し込まれたかのように重たい。原因ははっきりしている。突如として浴びた光のせいだ。その瞼がやっと開く事を良しとした時、目にした光景は期待以上だった。言葉は出ない。なんと言えばいいか分からない、なんて次元では無く、ただ何度も何度も溜め息が往来するのみであった。抜けた腰のことなど、疲労でもはや使い物にならぬこの足のことなど、一瞬たりとも浮かばなかった。地面は太陽の温もりを感じる緑の草原。陽光が透け、風に柔らかくしなる様は、まるで生命の喜びをこれでもかと体現したような美しさだった。ズボンの繊維越しに“生命”の温かさを感じさせる。手のひらがその葉に触れ、柔らかさと生命の活力を知り、その雄大さに打ち震えている。その感覚に浸るや否や、鼻腔をくすぐるのは清々しい風である。それは今まで吸い込んだどんな空気より澄んでいて、どんな風より優しく柔らかい。この風を浴びた我が身が、全身の細胞が歓喜している。もっと、もっと吸わねばと欲している。これほど吸い続けても頭痛に襲われぬことがあろうか。私がどれほど大量の二酸化炭素を吐き出しても、嫌な顔ひとつせずただ悠々と運び、また緑に沈んでいく。風は、まるで母のような慈愛に満ちたハグをくれる。平穏とは、正にこの事である。彼らは、実に数ヶ月ぶりの安眠へと私を誘いつつある。まだ見足りないと言うのに、微睡む瞳に瞼が降りてゆくのだ。これほど安心して眠れる時が来るとは思わなかった。小鳥の囀り、蝶の羽ばたき。彼らの歌には、何故か実家にいるような安心感がある。他の場所の鳥や蝶には、どうしても落ち着きがないと感じてしまうが、彼らは日々の喧騒を忘れさせてくれるのだ。 寝転がって大の字になると、見えてくるのはやはり空である。吸い込まれそうなほど、深く壮大な青空。どこまでもどこまでも深く広がり続ける。圧巻。その言葉に尽きる。息をするのを忘れ、まるで海に飲み込まれたような錯覚さえ起きる圧倒的な存在感。そして、いつまでも私の目を惹いて離さない不思議な魅力。いつしか心に空洞が現れ、空っぽになった私に何が残るだろう。それは密度も意義もない“空虚”なんてものではなく、むしろその器を満たす透明の“満足感”だった。ただ見つめているだけで、これほど私を満たしてくれた物は無かった。手を伸ばしても届かない。それなのに一切腹も立たず、むしろ笑いが溢れ、三秒後にはその理由や手を伸ばした過去すら記憶にない。しかし何故か、とても満たされている自分がいるのだ。そんな空を隠すように通過する雲の雄大さたるや、言葉にならない。あの雲になりたい。自由に浮かび、優雅に漂いたい。切実にそう思った。空を隠しているのに、一切不快に思えない。寧ろ目で追ってしまうくらいだ。きっとあの雲から神が私を覗いている。このだらけきった姿を見ているのだと思うと、多少の羞恥心に駆られるが、この心地良さには歯向かえなかった。許しを乞おうとすら思い立たず、この考えもすぐに消え失せるのだった。 そこに花はない。華やかな香りがするでもない。だが、青々とした自然の活力がお香となって、私の鼻腔をくすぐり、睡眠を催促する。花に心奪われリラックスするよりも、深く青い空に浮かぶ雲や飛び交う蝶に想いを馳せていたい。花に寄りつく虫に趣を感じるより、多種多様な鳥の囀りを聞く方が言わずもがな趣深く、そして心の奥深くに染み込んでいく。風は花の香りをもたないが、優しく私を包み込んでくれる。まるで我が子を寝かしつける母のように、優しい手付きで。 私の瞼は、気づけば降りていた。眠った記憶はない。そんなつもりもない。また瞼を開いた時、景色は幾分か変化を遂げ、また違った趣を感じさせた。瞼が開くまでの間、きっと私はこの大地や自然と一体化していたのだと思う。自然に五感の全てを預け、人である事を忘れて。ただ、自然の中に私と言う不純物を僅かだけ溶かす許可を得たに過ぎないのだ。
あいびぃ
あいびぃ
自己紹介カード 発動!!! 【レベル】15 【属性】ちゅー学生 【習性】投稿頻度不安定、定期的に更新不可になる、フォローもフォロバも気分次第、❤︎とコメントくれる人を好む、困ったら募集に参加 【特性】どんな作品にもファンタジーが香る 【メッセージ】 初めまして、あいびぃです! 見つけてくれてありがとう♪ 私自身、生粋のアニオタ・漫画オタなのでファンタジーが多めになってます…多分。 詳しいことは「自己紹介」にて! まだまだ若輩者なので、応援よろしくお願いします!