あの桜が咲く丘に彼女はいる。

電話は来なかった。 きっと私と言う存在は不要だったのだろう。 私はため息一つをこぼし完成した絵に布をかけた。 これで何度目だろう。もう10回は応募してきた浜松絵画コンクール、審査は通るのだが入賞したことは今の一度もないままである。気づけば同級生たちは子供を持つことが当たり前になり四捨五入すれば余裕で40になる年になってしまった。桜の花びらは幾度となく咲いては散りそんな景色を私はマンションの窓から眺めてきた。何回目のコンクールだっただろうか。私は美しい桜の絵をコンクールに出した。その絵にはこの桜のように花開きたいと思いを込めたのだが、その思いは今の今まで叶うことはなかった。このまま私は先もせずに散っていくのだろうか、ひどく怖い。あの時に見切りをつけてやめておけば良かったとひどく後悔している。いやきっと今からでも遅くないはずだ。履歴書はきっとそこらの人間に劣るだろうが、真面目に生き直せばきっとサラリーマンとしてそこそこな収入くらいは稼げるだろう。いや稼げなかっとしても今の職業よりはずっとマシなはずだ。そんな思いを頭の中で巡らすとひどく吐きそうになった。それに私は問題を抱えている。まぁ今日を生きるためにはこんな思いは不要だ。そう思い蓋の空いたぬるいビールを喉に流し込み眠ることにした。目を覚ましたのは5時過ぎだった。流し込んだビールはまだ抜けてないらしい。痛い頭を押さえながら冷蔵庫にある水を取りに行く。冷蔵庫を開けようと手を伸ばした瞬間ふとあるものが目の前を横切る。それは桜の花だった。開け放した窓から風に飛ばされ流れ込んできた花びらが宙を舞っている。どうやらこの花弁だけが入ってきたのではなく他にも似たような弁達が床に散らばっている。不思議なことに私は窓を閉め弁達を掃除すると言うことが思い浮かばなかった。と言うより今を生きる学生のように燃えるような生のインスピレーションが湧き上がってくるのを感じたのだ。私は流れ込んできた桜を見るため部屋を出ることにした。あたりは少し夕暮れがかっていた。どうにも今日は昼が長いようなそんな不思議な思いを抱えながら道を歩いた。窓のそばに差し当たった時不思議な感じがした。何とも形容し難い不思議な思いだ。それは運命が手招きしているような。誰かに呼ばれているような。または少し緊張し恐怖すらも感じるような感じだ。桜の並木は風に吹かれて私を招いているかのように見えた。しかし不思議なことに私は風以外の音を感じなかった。小鳥も虫も人間すらいない世界に迷い込んでしまったかのように。そんな呆気に取られている私を現実へと歩いはもっと他の世界へと連れ出したのは音楽だった。私は楽器には詳しくないがおそらくチェロ?だろう。バイオリンとはどこか違う。この曲はバッハだっただろうか確かプレリュード、日本語で言うところの前奏曲というやつだった気がする。まるでこの音楽は私を翻弄する運命のように聞こえる。とても美しいがどこか悲しげな少女のようである。私は演奏している人間を見つけた。演奏者は女性であった。制服を着ていることから女子高生だろうか?いや短い髪とどこか幼なげな顔からしてもしかすると中学生かもしれない。まぁ年齢はいいとしてその女性が川辺で身長ほどもあるチェロを座りながら奏でている。私はひどく心が惹かれた。演奏を聴いているうちに向こうは口を開いた。「迷惑だったでしょうか、 今日は学校が閉まっていて練習する場所がなかったので人が少なそうなここでチェロの練習をしていたのですが。家には両親がいて、チェロの練習なんてできなくて。」 「いいや、散歩ついでに素晴らしい音楽が聞こえてきたので気になって聴きに来ただけですよ。それにしてもとても上手ですね。今の曲はバッハだったでしょうか。」 「はいプレリュードの一章です。この曲はかっこいいですよね。」 「はいそうですね。あまり詳しくない私でも流れているのを聴いたら足を止めるくらいには素晴らしいでした。その、お名前は」 「鶴田 ひさぎです。あなたは?」 「山下 小春です。ひさぎさんですか、ひさぎさんはバッハが好きなのでしょうか?」慣れない丁寧語口調でどこかおかしくないか心配だ、話題を繋げようと取り止めもない話しをする。
てまきまき
はじめまして