旋廻

旋廻
 私は、生まれてから人を何度も好きになって来たが、二十五回も裏切られて孤独になってきた。小説を書いたり、絵を描こうと筆に墨をつけると気分が昂るので良い。だが裏切った人の顔が頭に浮かんでは消えてを繰り返すので憂鬱である。それも思い返してみれば全員蛇だった。蛇のように長い胴を畝らせて、シュルシュルと草を掻き分け登ってくる。気づいた頃には首を絞めてきて二股に分かれた紅い舌をチラリと覗かせるのだ。あの気持ち悪い……瞼のない眼を向けて牙を剥く。言葉の刃というものがどれほど恐いものか。爬虫類みたいな人に囲まれて嘘なのか本当なのかさえも分からず翻弄されているように感じる。そうやって何度も何度も、夢の中でふわりふわりと浮かぶ憂鬱さを噛み締めて起き上がってきた。さあ今日は何をしよう? 天井を見て考えようとしたが、思考を遮る大馬鹿者が居座っていた。部屋の角に大きな蜘蛛の巣が張っていて、長い脚をした気持ちの悪い野郎が糸の上をお散歩しているので箒で叩き落としてやった。而も若干亀裂が入っており昨日の大雨のせいか雨水が垂れている。まさかと思い服を触ると全て濡れていた。私のお気に入りである狐の毛皮も濡れて臭いので先ずは天日干しすることに決めた。外で皮を広げて、こびりついた小さな焦茶色の足を握りつつ人間の皮は着るものになるかと考えてみた。人は毛が少ないから温かくないし生きてなければ膜にしかならない。矢張、生きている人こそ美しい。屍は土の栄養にしかならない塵である。  さてと、面倒事も終わったし、今日は良い天気なので散歩をするぞ。山奥の獣道を歩いて、野兎を猟銃で殺して、屍を吊るして狼を誘き寄せて殺す。ベートーヴェンの交響曲第五番をデカデカと垂れ流して、「煩いッ」と苦情を言いにやって来たやつを拳銃で脳幹撃ち抜いて殺してやる。今日は良い天気だ。何処までも広がる青空には邪魔な雲が一筋、薄らと伸びている。先ずは街まで歩くことにする。そういえば近日、気温は氷点下で朝は霧に包まれ山々は霞んでいるし道傍にある畑を見ると霜が降りて葉が凍っていた。可哀想だから、足で優しく踏んで割ってやった。葉が血を流していた。あららら。よく見てみると路上生活者の屍が変色して白黴が生えているだけだ。私は何だか騙された気分になって、苛ついて髭まみれの顔を蹴った。新品の靴が汚れてしまったのはお前のせいだ。私は冬という季節が好きだ。いつもの山は碧いが冬になると木も花も枯れ果ててすっかり色褪せてしまう。すると派手な服を着た私だけに色がつく。なんて素敵なのだろう。餃子しか魅力のない老麺屋を通り過ぎて店員の煩いことで有名な床屋まで歩くと、いつの間にか家に戻って来ていた。せっかくなので銃を抱えて山に登ると、矢張、商店街を散歩するより気持ちいい。私は不意に空を見上げた。三羽の鳶が空を旋廻して獲物を探している。翼を大きく広げてギロリと地上を睥睨していた。イラ…………。何だか私は厭な気持ちになって地上へと降りてくる鳶に銃を向けてパァンと一発かましてやった。 「俺の勝ちだぞ」  赤い鮮血をドクドクと流し項垂れた屍にそう言う。死人に口なしか、と嗤ってみるが人じゃなかった。畜生に口なしだ。ぴーひょろろろ。鳴声を真似たが上手くないので嘴を鋏で切り取って口に当てて鳴いてみた。ぴーひょろろろ。少し上手くなった気がする。ぴーひょろろろ。
愛染明王
愛染明王
諦めないで。