拝啓、名も無き仕事たちよ(2021.10)

拝啓、名も無き仕事たちよ(2021.10)
 わたしの職場は最高だ。抱かれたくもない男に飲まされたウォッカくらいに。  シュレッダーに吸い込まれていく雑紙を眺めながら、北春はそんなことを考えていた。  頼まれた紙は段ボール一箱分に上る。指先の感覚で八枚ほどめくり、そこからさらに二枚を加え、挿入口へと押し込む。するとモーターの駆動音はわかりやすく元気を失くし、半ばで力尽きた。北春はため息をつく。  上司はこの業務を何分で終わる計算でいたのだろうか。そもそもこの仕事は業務時間には含まれているのだろうか。あるいは、嫌がらせでしかないのか。 「北春、これも頼んだ」  積まれた紙の上に束が落ちる。紙の山はバランスを崩し、床に広がっていく。その一部始終を、他人事のように眺めることしかできなかった。胃を締め付ける痛みに、なるべく無関心でいるように努める。が、叶わなかった。北春は眉を寄せる。 「あの、自分でやってもらえませんか。もう一台ありますよね。シュレッダー」 「なんだよ。ついでにやってくれたっていいだろ」  上司は、まるで思春期の娘でもいさめるように答えた。 「そうなんですけど、わたしも自分の仕事があるんで」
飛由ユウヒ
飛由ユウヒ
〔ひゆうゆうひ〕小説で誰かの心が救えたらいいな、と願いながら書いてます。名古屋の同人文芸サークル「ゆにばーしてぃポテト」にて執筆とデザインと広報を兼任。『ブラッケンド・ホワイトフィッシュ』ステキブンゲイ大賞一次選考通過。#100円文庫 を毎月10日更新! ▼▽情報はこちらから!▽▼ https://potofu.me/yuuhi-sink