飛沫と残滓

 ホーム上で駅員が最終列車を知らせている。目が覚めた頃には男の目的地である駅を一つ過ぎていた。戻る電車もない男は駅を降り、窓を叩いて寝ているタクシー運転手を起こす。乗客が来たことを確認した運転手はため息をつき、気怠げに目的地を尋ねた。 「小学校の近くまで」  運転手は男を数秒見つめたのち、何も言わずに車を走らせた。駅から小学校までは十分ほどかかるが、その間、両者に会話はなかった。  小学校の近くで降りた男は適当に決済し、運転手もまたすぐに帰っていく。フェンスに囲まれた校庭は男の想像よりも小さく、ビルほどあるはずの校舎は三階建てのボロだった。  男は実家へ向かう前に、少し小学校の周りを歩いた。校庭の隅の方に生えている銀杏の木は暗がりでも目立っていた。視覚以上にその臭いが、校庭の香りを思い起こさせる。  一周した男は、校門の前に立ち関係者以外立ち入り禁止の看板をそっと撫でる。昇降口と下駄箱の前にある池を見る。看板を無視して、池の前に立つ。鯉がいない。  その池には、小石を投げて遊んだ鯉がいなかった。男は手のひらより少し小さな石を池に投げつける。石が沈む音は男の想定より大きく、男は周囲を見回す。  学校のすぐ脇を車が通り、そのライトに一瞬男が照らされる。車は止まる素振りもなくそのまま通り過ぎてしまう。男は実家へ向かって歩き出した。 「お邪魔します」  玄関を開けると、まだ家族は起きていた。
K
色々書いています。