遠い遠い親戚
金を貯めるべきかそれとも酒を断つべきか、というのは、私の中で度々浮び上がる問題の一つであるわけですが、飽き性の私からすると全てが「遠い」わけであります。
そろそろ酒も飽きてきました。酒を飲むようになってから、楽しいこととか、悲しいこととか、態と楽しい方へもっていこうとするときとか、態と悲しい方へもっていこうとするときとか、そんな夜があるわけですが、いずれにしても、もう飽きました。再度言うようで申し訳ないですが、私は飽き性なのです。音楽にも飽きました。文学にも飽きました。映画にも飽きました。友達と会話するのにも飽きました。友達と飲みに行くのにも飽きました。サウナにも飽きました。煙草にも飽きました。宗教にも飽きました。ポルノにも飽きました。政治にも飽きました。ニュースにも飽きました。血にも飽きました。戦争にも飽きました。夜空の星を眺めるのにも飽きました。彼方へと続く草原とその歴史にも飽きました。荘厳な建造物を見るのも飽きました。大麻にも、覚せい剤にも飽きるでしょう。
すると私は生きる意味を失うわけであります。もし大金持ちになったとて、金に飽き、女に飽き、セックスに飽き、猫に飽き、世界に飽き、宇宙に飽きることは判然としているわけであるので。つまり私が言いたいのは、今死んでも、明日死んでも、明後日死んでも、十年後死んでも、五十年後死んでも、百年後死んでもそれは違う意味を持たないということです。
死ぬことに飽きるのは何光年先のことなのでしょうか。死ぬことに飽きない時が来るのでしょうか。そういうことを考えると「遠い」のです。遠くて遠くて仕方がありません。だから、現在を考えるしかないのです。それでも遠い未来に思いを馳せてしまうのです。遠いな、遠すぎると、遠い未来を想うのです。
いっそ隕石やウイルスが瞬時に蔓延して、一瞬にして私以外の全員が死ぬ時が来るのではないかと夢想してしまいます。その時に初めて私は遠い現実を近い現実と錯覚するのかもしれません。しかし、いずれにしても、その時が来るまでは遠いのです。遠すぎるのです。それは漠然とした不安に繋がるのです。それは死因に成り得るのです。遠いです。金星が遠いです。卑弥呼が遠いです。石原さとみが遠いです。宇宙が遠いです。あなたが遠いのです。
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カテゴリー: 日記・エッセー
投稿日時: 2026/4/10 16:07
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