転生林檎

 ある日のことです。一人で散歩していたらベンチに座っている老人に声をかけられた。「お主、何か悩みはあるかね?」と。「ありますが、あまり良い話でもないですよ」と答えた。すると、一見、ただの林檎を見せながらこう言いました。「この林檎を一口、齧るだけで転生することができる」しかし、「そんな林檎は存在しない」と答えた。「なるほどのぅ」と老人は短く呟いた後に「お主はまた此処を通るだろう」とまるで占い師のような予言を残して去って行きました。  翌日、一人で散歩をしていたらベンチに座っている老人に会いました。「やはり、わしの予言は正解だったようじゃ」と老人は言った。 しかし、昨日と同じ話でも聞かされるのかと思いながら話を軽く聞いていました。そしてこんなことを言った「お主は林檎は好きかね?」と。「林檎は普通だ」と答えた後(のち)に老人に尋ねました。「何故、林檎にこだわるのか?」と。老人は「林檎というのは遥か昔から禁断の果実として有名なのじゃ。故に今の人生はつまらんから違う人生を歩んでみたいと考えたことはあるかね?」と哲学的な答えが返って来た。「違う人生を歩んでみたいか…」と言い淀んでベンチの方へと視線を向けると先ほどまでいた老人の姿は何処にもありませんでしたが、ベンチの上に林檎が一つ置いてあるだけでした。このまま置いておいてもしょうがないと思い、林檎を持ち帰り、テーブルの上に置き、自室のベッドの上で老人の話を考えていました。 ****  いつも通りの日常に退屈してきたのか、テーブルの上に置いた林檎を齧りました。最初の人生は才能ある学者で周囲から称賛の声や拍手喝采が沸き起こった。しかし残念なことに誰かを愛することはなく、ただひたすら研究に明け暮れる日々に疲れてしまい、林檎を齧った。  2回目の人生はテイマーで魔物や魔族やらと楽しいスローライフを送っていたけど、大戦に巻き込まれて仲間を失ったから林檎を齧った。  3回目の人生は発明家になって平和な世界を作ろうとしたけど、内政問題やら国政問題やらに利用され過ぎて多くの血が流れたから林檎を齧った。  4回目の人生は芸術家になっていろんな絵画を描いていたけど、ある時スパイと間違えられて投獄されたから林檎を齧った。
なくてもよかろう
なくてもよかろう