私の杖

私の杖
愛する妻は、眠りにつくかの様に、安らかに目を閉じた。目を覚まして、私に微笑むことはもうない。 病院の一室で、妻は長い長い人生の終着点へと辿り着いたのだ。 私は庭から採って来た、桔梗で花束を作り、妻の枕元に添えた。妻が一番愛していた花だからだ。 昨日の妻が、最期に見たいと言っていたからだ。まさか見納めをする前に、向こうへ逝ってしまうとは思いもしなかった。私は案外あっさりと、この状況を飲み込み、医師にその後を託した。 しかし、妻との幸せ過ぎた思い出は、心にしっかりと刻まれている。私が最期を迎えるその時まで、忘れ去られる事はない。 妻の葬式中も、私はどこか上の空であった。もう妻がこの世にいないと、実感が沸かないのだ。今隣に妻がいる、そんな錯覚を起こすのだ。 夜、ふと目を覚まし、隣を見ると空白のみがあるばかり。私はそういう時、涙を流してしまう。別に悪い事では無い。涙を流せば、ストレスが軽減すると言われている。妻は、私にとってストレスだったのだろうか。いや、妻が私の隣からいなくなった事が、ストレスなのだろう。 ずっと二人で、座ってテレビを見たソファー。今となっては、無駄に大きなソファーに成り下がってしまったが。 私は一人、ソファーに座り、テレビをつけた。お笑い番組をやっていた。しかし、私の頭の中には、芸人の漫才が入ってこない。感情を一言で表すのならば、虚無と言えば当てはまるだろうか。 愛想の良く、よく気の利く妻は、もういない。静寂が、私の胸を締め付ける。
まる
まる
学生です。 思いついたのを文章化しているので、内容は浅いです。 マイペースに投稿するつもりなので、よろしくお願いします!