JK

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ペディキュアを塗りながら、映画を観ていた。夢中になって観ていたから、映画が終わっても手にペディキュアを握りしめていた。外が明るくなってきて、カーテンから朝日が差し込む。私はそれで映画が終わったことに気がついた。私の頭の中で映画の登場人物たちがふわふわしている。その狭間で私は文京区シビックセンターのことを考えた。幼い頃、父と母に連れられて一度だけ訪れたことがある。思えばそれが最初で最後の家族旅行だったが、当時の私はそのことを知らなかった。そして、父のことも母のことも愛していた。 ハードディスクからDVDを取り出し、CDラックの上に適当に置いた。今日は弁当を用意する必要はなかったから、長い時間を掛けて髪の毛を束ねることができる。いつもの私は行動に移すまでに長い時間を要するが、今日はまるで自分という映画のダイジェスト版を観ているかのように、朝の支度をこなしていた。タンスの上から二番目に入っているキャミソールを取り出す。腕を通そうとしたところ、脇の下辺りに小さな穴が空いていることに気がついた。どこかで引っかけたのだろうか。私はその穴を見なかったことにした。誰も私のキャミソールを見る機会など無いからだ。 ブレザーに袖を通すと憂鬱な気分になる。でもそれは学校を休む理由にはならない。今日は余裕をもって家を出ることができると思っていたが、気がつけば最寄り駅に電車が来るギリギリの時間だった。部屋には誰も居ないが、いつも私は玄関の扉を開ける前に「いってきます」と言うようにしている。もちろん返事はないが、ベッドの上でいつも私を見守る猿のぬいぐるみがいつか「いってらっしゃい」と返事をしてくれるのを期待しているのだ。私は扉を勢いよく開け、大きく息を吸い込んだ。 頭の中ではさっき観た映画の登場人物たちがまだふわふわしている。私はその狭間で愛している父と母のことを考えた。
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