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 夕峰山本山地他招き祭りとは、現在から約百六十年程前、かつて伊達藩の領土であった現Y代市の存在する夕峰という地域で、当夕峰藩の藩主の鷹縞竜司が藩の自治体制のより向上にむけた盛興や繁栄をモットーに、彼を筆頭とした夕峰組の各地代表者を呼集して開催した祭りである。記念すべき第一回目が催されたのは、現在の有峰山本山とは僅かに離れた、広大な盆地だった。きっかけは、鷹縞がある日目にした出来事だった。彼は寝室で枕元に、白い鷹を見た、と語った。それは部屋の壁の半分ほどの大きさで、花瓶のように白磁の光沢を思わせる羽毛を纏わせる風貌をしていたという。そして鷹は、驚きに視線を向け続ける鷹縞を他所に、机上の読み書き物の隣に残っていた皿盛りの果物を啄み、一目散に部屋から飛び去っていったのだという。それを目撃した鷹縞は、すぐさまに布団から飛び起きて、その鷹の全貌を書写し、習字用紙に記録した。翌日、鷹縞は藩の者達を招集し、その昨夜の出来事について熱弁した。あの寝床に立った白い鷹こそが、我々夕峰藩の繁盛を成就たもうたる神の遣いなのだ。そうに違いない、そんな鷹縞の様子を皆は夢でも見たのではないかと半信半疑で聞いていたが、やがて鷹縞殿の言うことなら、と内の一人が頷き、彼に対する信用を皆に共有した。鷹縞は、祭りを開こうと宣言した。  第一回他招き祭りの原型ともいえる祭りは、鷹縞はじめ藩の者達と、踊り子の女達、そして囃子の演奏者という十数人の、それなりの人数で開かれた。まず初めに生まれたのは、実花豊栄節という祈祷演舞だった。唄は無く、踊り子の舞踊と、少数の楽器による囃子の演奏でそれは構成されて、単純な足踏みと演奏の響きによって行われた。鷹縞は白鷹の形を模した毛羽造りの人形を立てた木箱の前に、皿に盛った果物を準備する。最後の作業に、小さな焚火を人形に飛び火の無いように気を配り燃やして準備は完成する。そして手を合わせ膝をつき、踊りと音楽の中で祈祷した。あとの藩の者たちも、彼の後ろに並び、同じ姿勢で祈った。それが当祭りの始まりとは語られているものの、諸説はあるらしく、明確には至らないのだそう。そして年月は立ち、一八七一年八月二十九日の廃藩置県を以て夕峰藩は解散となったものの、その後も幾度か場所を変えては年々行われ続け、現在に繋がっているということだった。 「でも、鷹って果物とか食べるのかな?」 「えー、っとどうなんだろ」  ユウヤとミレイは、夕峰山の左山道奥に続く道の入り口の他招き祭りについての立看板の概要を読んで会話をしあった。 「でも、鷹って確か肉食じゃなかったっけ?」 「多分、ヴィーガンとかだったんじゃない?きっとその白い鷹はさ」  ユウヤにミレイが答えると、そうかなあ、とユウヤが冗談をあしらう様に言う。あ、馬鹿にしてるでしょ、とミレイが睨むと、してないよ、とユウヤは首を振る。まあでも、そんな言い伝えがあっても面白いんじゃない?とミレイは一人で頷いて納得していた。  ステージでは、再び次の演目が始まる。当祭の起源ともなった舞踊、実花豊栄節だった。今度踊るのは男達で、二人の女が左右に立ち、足鈴や手に持った鳴子を男達の踊りに合わせて鳴らす。唄は無く、掛け声と後方に先ほどと同じ楽器隊による演奏のみで繰り広げられた。すごいね、あんなに動いてるのに、ちっともずれてないよ。ミレイが踊り手達に感心して、憧景の視線を向ける。そりゃプロだからね、とユウヤが男達の腕脚首元額に噴き出る汗や彼らの激しく静かな振り翳される身体の端々の動線を眺めながら答える。初めての体験だが、伝統という言葉の素晴らしさをユウヤはそれとなく感じた。  やがて実花豊栄節は終わり、踊り手の男達や楽曲演奏一座や鈴を鳴らす女達は深くお辞儀をし、ステージを去った。会場中が拍手に包まれる。進行役員がステージ演舞に対する賛辞の言葉を送る間、私ちょっとトイレ行ってくるね、とミレイが言った。ユウヤは、僕もついて行くよ、迷子になったら大変だし。と彼女と共に向かうことにした。トイレは会場から右方向の山道入り口の手前にあった。ちょっと待ってて、と中に入っていくミレイを見届けて、ユウヤは彼女を待ちながら、辺りをふと眺め回した。次々と現れる人々によって、客層や客の雰囲気は、どんどん入れ替わり変化していった。こんなに人がいるんだなあ、とユウヤは当たり前ながら、そんなことを何となしにぼんやりと思った。
アベノケイスケ
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小説はジャンル問わず好きです。趣味は雑多系の猫好きリリッカー(=・ω・`)