夜の狂想
まだ夜中なのに目が覚めてしまった。全身の筋肉が冷たくこわばり、麻痺したように重くなり、表皮が乾ききった、ひどくグロッキーな心地に襲われたためだった。というと、冬場に毛布や加湿器の用意を忘れ、ソファの上などでだらしなく寝てしまった日の翌朝の後悔とさして変わらないような気がするが、僕の体験した「グロッキー」はそんなレベルではなかった。感覚を失った手足の爪が、いつの間にか真っ黒に壊死していて、ぽろぽろと剥がれ落ちていくのを呆然と見ているしかない雪山の寒さ。巨人に覆いかぶさられているように重たく痺れた体。鰯のみりん干しもかくやというほど、水分を奪い取られた皮膚。覚醒の瞬間、僕は自分の目があと何秒この世界を見ていられるか、真剣に考えたくらいだ。
でも僕は無事だった。その冷えや痺れや乾きは、僕の意識が夢の混沌から現実へ戻ると同時に、急速に肉体から失われていった。目覚めてから一分経つと、僕は早くも「グロッキー」のことを忘れかけていた。ただ、現世に生まれてからのすべての眠りで、今夜が一番ぞっとする気分だったということだけをはっきりと記憶していた。
その記憶をもいつかなくしてしまうかもしれないということが、僕にはますます恐ろしく、こうした問題の解決にうってつけの人物を今すぐ呼ぶことにした。その人はこんな時間にも来てくれる、というより、こんな時間にしか来てくれないことが多い人だった。
彼女は僕のかかりつけのデリヘル嬢で、僕の精神的なわだかまりも、肉体的なわだかまりも一緒くたにし、その柔らかい手で解きほぐしてくれる神業の持ち主だった。容易いことではない。人間には心が不調な時も、体が不調な時もあり、その二つは必ずしも連動するとは限らないからだ。しかし、優れた芸術的センスを持つ人は、精神を肉体的に、肉体を精神的に感じ取り、表現することができる。つまり、彼女は僕にとって医者であり、カウンセラーであり、芸術家であり、デリヘル嬢なのだった。
いつもと同じように、彼女は呼び鈴を鳴らさずに部屋の前から僕に電話し、僕はスマホの応答ボタンを押すと同時にドアを開けた。彼女は一声も発さずに室内へ滑りこんだ。黒い革のブーツを履いた足が両方玄関に入ったのを確認してから、僕がドアを閉め、音が響かないようにゆっくり鍵をかけた。集合住宅のしきたりだ。おもにおのれのプライバシーを守るために、デリバリーヘルスを利用する時はホテルの部屋も併せて借りる人が多いと聞くが、僕は身も心も彼女に委ねているので何一つ隠しごとをする気はない。
「やあ」
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文字数: 5847
カテゴリー: 恋愛・青春
投稿日時: 2024/8/9 18:01
注意: この小説には性的または暴力的な表現が含まれています
たけみや もとこ
たけみや もとこです。2000〜5000字くらいの読み切りを中心に載せていきます。ジャンルは何でもありです!