欠癖症
鼻腔を掠める仄かな胞子の渋苦い匂いが、そよ風に混じり部屋中を駆け巡る。合わせて揺らぐ引物は搭乗口の役割を果たし、清澄かつ純白の朝に客という香りを与えていた。
鼻を微かに働かせ、その事実を如実に確認すると、薄膜を貼ったように曖昧であった私の意識は、次第に晴れたものへと変化した。
目覚めを理解した私は、ゆったりと立ち上がる。すると何やら足を擽るような、それでいて冷ややかな感触を感じ、更にくしゃくしゃと悲鳴のような音が鳴る。私は大した力を入れた訳ではないが、やはりそれは大きな音を立てている。
足を地から持ち上げると、それはヒトデのように足裏に張り付いたまま持ち上がった。それを剥がしつまみ上げると、先日酒のアテにしていたスナック菓子の残骸であることを捉えた。また足を下ろし少しずらすと、カラカラと転がる音が鳴り、また一歩踏み出すと何かを蹴飛ばした。
僅かな間に幾許かの感触を足に与えた私は、クローゼットへと手を伸ばす。洒落た格好には疎く、またそれに対し何か思うところがある訳でも無い。ただ、世俗という無数の刃が私をそうさせるのである。
仕事というしがらみのない今日は、空の下を歩くつもりであった。無造作な格好を人様が見られるであろう程度に整えた後、私は荷物を持って扉を開く。まず見える風景はフィルムのように横に長く遮られている。それはここが集合住宅の一室に過ぎないことを私に教える目印である。人はハニカムを食らうが、人もまたそのハニーに過ぎない。そして私もまた、ハニカムの一部である。
青と白のコントラストが、私にはどうも眩しく思えた。人々の往来は騒々しく、大抵の大衆にとってそれは無音なのだ。近頃の人々は耳栓をつけて世を渡るが、結局の所その耳栓もまた聞くに絶えない音を立てている。それでは全くもって喧騒と相違ないであろう。なのにやはり、それに嫌な顔一つ見せないのだから大したものである。これだけの世界が目の前にありながら、手に取った板から目を離さないのは何故であろうか。私にはそれが分からないが、しかしそうしていなければ私とぶつかることも無かったであろうに。
何を言う訳でも無く、ただ嫌そうな顔をしたまま通り過ぎた彼は、何を考えているのだろうか。ただやはり、彼らは皆耳栓を付けているのだろう。
疑問に疑問を重ね、その解決を成す前に目的の場所へと到着する。何も特別では無い、ただの大型ショッピングモールというものである。
透明なスライドドアは、私を従順に通す。時に私はそれに胸を撫で下ろすが、やはり不安になる。いつしかそのドアは私を通さなくなるのでは無いかというささやかな杞憂が、どうしても拭えないのである。ドアは人に従順だが、やはり私は不安であった。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2026/6/20 12:01
最終編集日時: 2026/6/21 21:38
じゃらねっこ
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