第9回N1決勝 濁り

第9回N1決勝     濁り
時は一八四四年、長崎の港で私は生まれた。家は陶磁器を扱う商家であった。当時を思うと、多少裕福な子供だったと思う。私は学ぶことが好きだった。よく家業を手伝う片手間に父の隣で唐本を読んだ。金の都合で学ぶことを制限されることもなく、気づけばそこら一帯の中で一等賢い子供と評された。 私が九つになった頃、相模国の浦賀沖という場所に大きな外国船が来航したと噂が広がった。ただ、私の生まれたこの場所は前から阿蘭陀などといった外国との貿易地点であったから、他地域のような張り詰めた緊張感はなかった。 春の終わりを感じる頃、父は私に言った。 「吉之助、そろそろお前も接客をやってみるか。」 「!」 「お前はずっと外に出たがっていただろう。歳を理由にお前を家の中にしまい込んでおくのは忍びない。」 夢に見た事だった。海を渡ってきた大人達と、店の外で商売をする父や兄に一体何度憧れたことだろう。海の向こうを知りたいと、何度望んだ事だろうか。その日から私は父に付いて、外国の人間と関わるようになっていった。 それが私の人生を揺るがす第一歩だとは思ってもみなかった。
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