タイ•ボックス

 朝七時、音のない声に呼ばれた気がして冴木は目が覚めた。夢は見ていなかったと思う。ベッドのすぐ横、掃き出し窓のカーテンの隙間から朝の光が漏れ出ていたので、今日は良い日になると確信した。そして「行きつけのマクドナルドでソーセージマフィンのセットを注文しよう」と決意した。その決意は出かける準備をしている間も無事に継続し、八時二十三分に家を出て、マクドナルドには八時三十分に着いた。全てが完璧だ。良い一日は良い朝食から始まる、みたいな使い古された一節を言いたくなった。    冴木はマクドナルドではモバイルオーダーで注文する。モバイルオーダーは素晴らしいサービスだ。「店内で、ソーセージマフィンのセット、ハッシュドポテトとホットコーヒーでお願いします」と言わなくても店員が席に食事を運んできてくれる。普通に注文しても機械的なやり取りをするのだから、より機械的でシステマチックで効率的なモバイルオーダーの方が好きだ。  いや、こんなものは方便で、人と話したくないのが本音だ。自分に嘘をつき、自分で図星をついてしまった。こんなに不毛な思考が巡るほど、今日の冴木は冴えていた。   「さて、席を探そう」と冴木は人の気配が少ない席を探した。しかしあいにくそんな席はこの大東京のマクドナルドにはなかった。東京都民はみな良い朝をマクドナルドで迎えたいのだ。    仕方がないので目に留まった席に座ることにした。右隣は誰かが雑にスーツジャケットを置いて席を占領していた。  右隣を占領している客はジャケットに皺が入ることを考えていないのだろうか。それとも皺など気にしない豪傑な人物なのだろうか。また不毛な思考を巡らせていると、店員が私のソーセージマフィンのセットを持ってきた。店員は持ってきた商品を確認してからそそくさと去っていった。やはりモバイルオーダーは素晴らしい。  焼きたてのハッシュドポテトを食べていると、右の隣人が姿を現した。初老の男性で、背は高かった。隣人を気にせずソーセージマフィンに手をつけようとした時、右隣の男性が声をかけてきた。
洞田浮遊(うろたうゆ)
洞田浮遊(うろたうゆ)
小説家になりたいです。