遅鳴の夏

 ぬるくなった缶コーヒーの底、沈んだ午後の日差しは戻らなかった。窓から降り注いだ風は、わたしの休みの邪魔をした。    開け放した窓枠の上で、カーテンが一度だけ大きく膨らみ、それから力なく垂れ下がった。スマートフォンの画面には、少し前に届いた「今、着いたよ」という通知が虚しく光っている。休日の予定を埋めるために、わざわざ昨日買ったばかりの綺麗なシャツを合わせ、鏡の前で何度も襟元を直した時間が急にバカらしくなった。改札の向こうから歩いてきたかつての友人二人は、ヨレたTシャツに履き古したサンダルという、拍子抜けするほどの格好だった。楽しみにして気負っていたのは、わたしだけだったのだ。  通された大衆居酒屋の店内は、昼間だというのに安っぽい脂とタバコの匂いが充満していた。   「でさ、こないだの女が——」    テーブルの向こうで繰り広げられるのは、どこの誰とも知らない女とやっただの、誰々がクラブで揉めただのという、見栄と世慣れた言葉で塗り固められた会話だった。わたしが必死についていこうとしても、言葉の表面をすべり落ちていくだけで何ひとつ心に届かない。冷えた刺身の脂のように、粘り気のある疎外感が胃の底へゆっくりと溜まっていった。  わたしはトイレに向かうふりをして、店の裏手にある喫煙所兼勝手口のドアを押した。むっとするアスファルトの熱気とともに、頭上の街路樹からツクツクボウシの乾いた大合唱が降り注いでくる。周りの蝉たちがそろそろ訪れる秋の気配を察して鳴き方を変えているというのに、その中でただ一匹だけ、聞き覚えのあるアブラゼミの濁った声が混じっていた。ジリジリと、場違いな真夏の音をたった一匹で必死に張り上げている。  取り残されているのは、わたしとそいつだけだった。
かきあげ
かきあげ
バナナです