最近好きな曲の話

 今更だけどKID FRESINOとC.O.S.Aがキテる。  FRESINOは8月のフジロックで見てから本格的にアルバムを聴いている。それからずっと魅せられっぱなしだ。中でもC.O.S.Aとの共作である「Somewhere」がいい。  このアルバム制作時、KID FRESINOはニューヨークに住んでいた。当時23歳である。FRESINOといえばそのスタイルやファッションセンスは2021年でも一目置かれている。一方でC.O.S.Aは1987年生まれ、名古屋の知立市で生まれ育ちそこで働いている。その見た目からはマッチョさと男気を感じさせる。ヒップホップはその人の生き様が少なからず反映されるとしたら2人の線は全く重なっていないように思える。それなのにこのアルバムの親和性は非常に高い。何がここまでこの2人を結び付けているのだろう。  何度も曲を聴くうちに1つの仮説を思いついた。2人とも相反する側面を持ち合わせている。  俺の大好きな曲「Swing at somewhere feat.コトリンゴ」を引用したい。「Premiumな夜 sing a song floor彩る アスファルトこびり付くgumはお前よりも街を知ってる」floorから想起されるVIPな床からアスファルトのガムへと一瞬でワープする。しかし、だからこそガムのたくましさは際立つ。「ハハ 笑えるくらい陽気な人生は程遠いが ナイスな夜だけは忘れたくねえんだ」ふと本音が垣間見えた気がする。密かな諦念と至上の喜びが合わさる。jazzyなビートからは大人の、あるいはFRESINOの住む海外の香りがするが、実は歌詞の人はリアルな現実を、2:8くらいで大変さが勝つ人生を過ごしている。理想と現実に焦るFRESINOとどこか余裕を感じさせるC.O.S.A、それをアンニュイな雰囲気でコトリンゴのhookが中和させている。様々な階層で相反する何かが、中和しているのだ。  FRESINOは最新アルバムのインタビューでネガテビティーが創作の原動力でありつつ、そのなかで些細な幸福を心から感じてしまうアンビバレントな心境があると答えている。「Somewhere」ではそうしたネガテビティーが質の高い音にのりつつ絶妙なバランスで保たれている。そしてそれはネガティブでありつつ鬱屈ではない。C.O.S.Aは俺たちをこうも誘っている。 「勤勉で出来る限り善良で 気遣いのある人たちは踊ってくれ peace 傷を負い罪を背負ったその体で いつも孤独を引きずる人も加わってくれ」
いわごん
いわごん